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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校一年生 三学期
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舞ちゃんとあやちゃんと篠原

 席替えの日から二、三日話しかけ続けて、村田さんと親しくなれたような気がした。村田さんの下の名前は舞というのだそうだ。だからわたしは思い切って「舞ちゃん」と呼び始めた。彼女は気にする様子もなく、わたしの呼びかけに笑顔で応じてくれる。舞ちゃんはとても真面目なので、背中までの髪をしっかり一つ結びにして垂らしている。制服も校則通りにして、決して着崩さない。少し気難しいところがあって、授業の前にわたしが振り向いて、いつも筆箱に入れているピンク色のゴムのトカゲを見せて自慢すると、眉をひそめて黙ってしまった。わたしはこういう不思議なおもちゃが大好きなのだが、彼女はそうでもないらしい。マフラーはベージュのタータンチェック。靴はシンプルな形のローファー。現代文の授業で朗読をするとき、淀みがないので中村先生に気に入られている。完璧な優等生だ。所属しているのはテニス部。運動部の友人が多いようで、彼女に話しかけるのはボーイッシュで髪の短い子ばかりだ。その中に、あやちゃんはいた。

 あやちゃんはおどおどした気の弱そうな子で、テニス部では舞ちゃんとダブルスを組んでいるそうだった。運動ができるらしく体は締まっているけれど、表情は落ち着きがなく、人の顔を伺ってばかりいる。舞ちゃんとメールアドレスを交換したときにそばにいたので、彼女ともしようとしたけれど、メールアドレスを忘れたということで断られてしまった。多分彼女はわたしのことが好きではないのだと思う。今まで舞ちゃんと二人でいることが多かったようだが、いきなり割り込んできたわたしという存在に戸惑っているのだろう。わたしがあやちゃんに話しかければ話しかけるほど、彼女は無口になる。関係を発展させるのが難しい。でもきっと仲良くなれると思う。

 あやちゃんとはそのような感じだが、舞ちゃんとは家を訪ね合ったり、暇を見て話したりして、数週間かけてかなり仲良くなれた。お弁当も一緒に食べるようになった。舞ちゃんが誘ってくれたのだ。わたしはかなり明るくなったと思う。一人きりでお弁当を食べるわたしはさぞかし陰気に見えたことだろう。

 レイカたちは大してわたしたちを気にしていない。どうやら女子が皆でわたしを無視するという企ては、いつの間にかぐずぐずになってしまったようだ。レイカたちのグループのみがわたしに冷たい今の状況はむしろありがたい。わたしだって関わり合いになりたくないから。

「もうすぐ学年末試験だね」

 舞ちゃんが言った。わたしはうなずき、玉子焼をぱくついた。わたしと舞ちゃんとあやちゃんは、舞ちゃんの机を中心に集まってお弁当を食べている。わたしは最近お弁当がますますおいしく感じる。

「三者面談もあるし、二月は忙しいね」

「舞ちゃんは理系クラスに入りたいんだっけ?」

 わたしが訊くと、舞ちゃんはパック入りの無調整豆乳をストローで吸い込みながら首を傾げた。彼女は健康志向だ。あやちゃんは一人おにぎりを箸で切っている。

「わからない。どっちにしようかな」

「すごいよね。理系クラスに入りたいってことは理系科目ができるってことでしょ? わたし化学も数学も全く駄目だよ。いいな、選択肢があって」

「選択肢があっても理系の勉強をもっとやりたいとか理系の仕事に就きたいとは思わないでしょ?」

 舞ちゃんがにっこり微笑む。わたしはしばらく考え、うなずく。

「そうだなあ。理系で頑張れる気にはならないかも」

「でしょ? やっぱり好きじゃないと。好きこそものの上手なれって言うから」

 わたしは舞ちゃんの理路整然とした考えにちょっと感心する。彼女を見ていると、無駄のない生き方をしているな、と思う。わたしならもっと漫然と、理系は難しいからやめておこう、と考えるだけだ。

「バレンタインも近いね」

 あやちゃんが初めてしゃべったので、わたしと舞ちゃんは不意を突かれて驚いてしまった。バレンタイン。そうだった。

「歌子ちゃん、チョコレートは誰にあげる?」

 あやちゃんの言葉で最近あった悩みがわたしの中でまた大きくなった。

「まずお父さん」

 わたしが言うと、舞ちゃんが思い出したように「ああそうだった」と額を叩いた。

「舞ちゃんでしょ、あやちゃんでしょ」

 ありがとう、と二人。

「あとは中村先生と雪枝さん」

 雪枝さんのことを知らない二人は首を傾げる。

「あとは、どうしようかな」

「男子が一人もいないね」

 あやちゃんの声は小さい。わたしは篠原と拓人のチョコレートで悩んでいたのだが、それ以上言えなかった。食事の席が気まずくなりそうだったから。

「まあ、そのときにどうにかするよ。二人は?」

 舞ちゃんもあやちゃんも、特別なチョコレートをあげる相手はいないようだ。話はばらけて終わってしまった。

「学年末試験と三者面談のほうが重要。ああ心配」

 舞ちゃんが頬杖をつく。優等生らしい悩みだ。確かに、学年末試験はあと二週間、三者面談まではひと月ほど。わたしも焦りがあるのか学年末試験の話題が出ると背中がざわざわする。前学期の期末試験並の成績が残せるかだとか、来年わたしはどのクラスでどんな勉強をしているのかだとか、先の心配ばかりしてしまう。バレンタインデーなどは試験の最終日に腰かけるようにあるだけだし、考える暇がないというのも事実だ。

 後で考えよう、とわたしは悩みを振り切った。


     *


 篠原は隣の席なので、わたしは彼の授業中の横顔を度々見ることになった。彼は頬杖をつき、何となくやる気がなさそうに見えるのだけど、決して寝ない。他のクラスメイトが眠くなるような授業でも、じっと聞いている。わたしは彼を見詰め、結構鼻が高いんだな、とか、やっぱり大きいな、とか、どうでもいい感想を抱く。篠原にべったり、と拓人に言われたのが理解できる。わたしは篠原をよく見ているし、話しかけるから。

 次は政経の授業で小テストの類もないから、わたしは篠原に呼びかけた。篠原はあの小さな笑みを浮かべ、わたしのほうを向いて座る。わたしは何だかとても嬉しくなり、色々な意味のない話をする。わたしの話はまとまりがないのだが、篠原はその表情のまま聞いて、たまに茶々を入れて話をますます混乱させる。わたしが怒ると笑みを深くする。何だかわたしが怒るのが楽しいみたいだ。

「もう、面白い話なのに!」

 篠原はにっと笑う。

「話には起承転結をつけましょう」

 何だか憎たらしい。今からする話も、何だかしたくなくなる。

「篠原、今日一緒に帰ろう」

 機嫌の悪い声で言ったので、何だか内容にそぐわない。篠原はきょとんとしている。

「たまに一緒に帰るって言ったのに、全然そうしてくれないから誘うの。ね?」

「いいけど」

 篠原は微笑み、黒板側の扉のほうを見た。見ると既に先生が来ていて、次の瞬間にはチャイムが鳴っていた。篠原が「起立」と「礼」の号令をかける。篠原の号令をそばで聞くのは、何だか不思議だ。


     *


 強制的に部活をサボらせたことになるが、気にしないことにする。篠原は他の日にもサボっているようだから。

 わたしは部活に向かう舞ちゃんたちに別れを告げ、下駄箱の前に立っていた。寒いので使い捨てカイロを頬に当てる。

「お待たせ」

 篠原がやってきた。どうやら学級委員の仕事は済んだらしい。わたしはにっこり笑い、篠原が靴を履くのを待つ。篠原は履く靴も大きいから、まじまじと見てしまう。

「どうせ校門で別れるんだけどね、教室では話しにくいから誘ったんだ」

 わたしは篠原と一緒に校舎を出ながら話した。篠原は何の話だろうと疑問に思っているらしい顔だった。わたしはどうしても訊いておかなければならないと思うことを訊いた。

「篠原、チョコレート好き?」

「え」

「好き? 今度あげようと思って」

 篠原が慌てたように周りを見た。どうやら誰もいない。わたしはなおも言い募る。

「はっきり言ってね。いらないならいらないって」

「いる」

 篠原は真顔になって答えた。少しどきっとした。

「チョコレート、くれるんならもらうよ」

「よかった」

 わたしは笑い、そのあとが続けられなかった。篠原のあの表情が、わたしをどぎまぎさせて仕方がなかった。

「お父さんのよりは大きいチョコにするからね」

「え」

 篠原は立ちどまった。

「お父さんと同じ並びなの?」

「うん。義理チョコ」

 篠原が首をがっくりとうなだれた。わたしが戸惑っているうちに、彼はまた歩き出した。

「義理チョコか。そうだよな」

 苦笑いを浮かべている。どう考えてもがっかりしているように見える。わたしは彼が本命チョコを想像したのではないか、と考えて打ち消す。わたしに都合が悪いから打ち消す。彼がわたしのことを好きなら、恋愛の準備が整っていないわたしは何も応えることができない。どうせなら、応えられるくらい成長したい。そう考えてから、思う。わたしは篠原と恋愛がしたいのだろうか?

「お返しに悩むよな。町田はどんなのが好き?」

 篠原の声でわれに返り、わたしは立ち止まって鞄を開き、筆箱からピンク色のゴムのトカゲを出した。あまり本物らしくはないのだけれど、小さくてつぶらな瞳が魅力的なのだ。

「こんなの」

 篠原は面白そうにそれを手に取って眺めたあと、

「かわいいじゃん」

 と返してくれた。わたしは嬉しくなった。わたしのこういうおもちゃの趣味に対して、周りからは今まであまりいい反応がなかったから。

「篠原には一番大きなチョコをあげる」

「え、何で?」

「嬉しいから」

 わたしが笑うと、篠原も笑った。

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