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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校一年生 三学期
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新学期と席替えと篠原

 冬休みは、いつの間にか終わってしまっていた。毎日寝転んで雪枝さんとメールをしたり、少女漫画を読んだりして過ごしただけ。拓人との関係が元に戻ったとはいっても、互いの親が決めた約束があるし、ある程度の線引きは必要かもしれないということで、拓人はまたわたしの少女漫画を読みに来はしなかった。雪枝さんも、年末年始は仕事があるし帰省もしなくてはいけないから会えなかった。退屈そのものの正月だった。

 篠原はどうしてるかな、と考えつつ、冬休み最後の日をこたつで過ごした。


     *


 わたしは久しぶりに後ろの扉を開いて教室に入った。拓人がすぐに目に入ったので挨拶をした。拓人もにっこり笑って返事をする。拓人といつも一緒にいる山中君が、ちょっとびっくりしたようにわたしを見ていた。拓人が彼に説明をしているようだ。確かに、わたしたちの関係はややこしい。説明しなければわからないだろう。

 自分の席のフックに鞄をかけて、前のほうを見る。窓際の篠原は、友達としゃべっていた。別のクラスの岸君だ。岸君は篠原の成績を気にする秀才たちと違って、成績表が配られるときには現れない。時々来て、篠原から教科書を借りたり話をしたりするだけ。昔の映画俳優みたいな顔立ちで、篠原ほどではないけれど大柄だ。

 わたしは篠原の席に急いだ。わたしが近づいて来るのに岸君が目を留めた。

「篠原、明けましておめでとう」

 篠原はわたしに気づき、柔らかく笑った。

「おめでとう」

「篠原の年賀状、何て書いてあるかよくわからなかったよ」

「そう? 完璧に書けたのに。季語も入ってたし、礼儀に適ってたし」

 篠原はにっと笑う。何となく、わたしが読めないのをわかっていた顔だ。少し腹が立つけれど、気にしないようにして続ける。

「わたしの年賀状届いた?」

「ああ」

 篠原が答えようとしたとき、ずっとわたしを興味深そうに眺めていた岸君が口を挟んだ。

「あれって町田さんからだったんだ」

 篠原とはまた別の種類の、低い声。岸君の顔を見ると、にこにこ笑っていた。

「カラフルなシールが貼ってあって、女の子の字で細々と書いてあるからびっくりしたよ」

「岸君見たんだ」

「うん。こいつ、にやにや笑ってた」

 岸君が指差す先の篠原は、珍しく困った顔で「もう言わなくていいよ」などと言っている。篠原もにやにやと笑うことがあるのだな、わたしをからかうときの顔と同じだろうか、などとわたしは考えている。

「岸君は篠原と随分仲がいいんだね」

 わたしが言うと、岸君は微笑む。

「中学からの友達だから。篠原のこと、色々知ってるよ。知りたい?」

「知りたいなあ」

 わたしが目を輝かせるのを、篠原が「もういいから」ととめに入る。

「岸、もうすぐホームルームだよ。戻れよ」

 篠原が岸君を追い払うように手を振る。岸君は苦笑いしながら教室を出て行った。わたしは篠原に向き直り、

「岸君って、穏やかな人だね」

 と笑う。少し取り乱した様子の篠原が上目遣いにわたしを見る。

「飄々としてて、時々困るよ」

「篠原の友達って感じ。優しそうで大人っぽくて、篠原に似てる」

 岸君のほうが陽気そうではあるけれど、そう思う。背格好も、兄弟のように似ているかもしれない。

「似てるかなあ」

「似てるよ」

 そんな会話をしているうちに、ホームルームの始まりのチャイムが鳴った。慌てて席に戻る。ざわめきが残る教室に、田中先生が入ってきた。新年の挨拶に、業務連絡に、成績表の回収。田中先生はいつもそつがない。

「今日から新しい学期だから、昼休みに席替えをやります」

 教室がざわめく。わたしのクラスは学期ごとに席替えをやるのだが、席替えはいつだって期待と不安で胸が騒ぐ。

「やったー」

 レイカが隣の女子にささやくのが聞こえた。わざわざわたしのほうを指差して。わたしだって嬉しいから、腹が立つけれど見ないふりをする。

 席替えが楽しみだ。


     *


 始業式は終わり、四時間目も終わった。他の学校は知らないが、わたしの学校は始業式の日に授業をする。小学生のころは始業式のあとはすぐに帰れたので、あのころが懐かしい。

 田中先生が入ってきて、篠原たち学級委員に作らせたくじを引かせる。くじ箱を持った女子の学級委員が回ってきて、わたしは平たい箱から紙を引く。黒板に描かれた席順表を見ると、右のほうの中ほどの席。がたがたと机を移動する。このとき教室は軽いパニックになる。ぶつかったり謝り合ったり罵ったり。どうにか適当な場所にたどり着くと、後ろが村田さんだとわかった。さっきまでわたしの隣だった女子だ。

「また近くだね」

 と言うと、村田さんは笑って、

「よろしくね」

 と言ってくれた。気持ちが暖かくなる。夏休み以前は村田さんと話したことはほとんどなかったけれど、村八分状態のわたしと話してくれるなんて何て優しい子だろう、と思った。

「あれ、町田はここか」

 声の主を見て驚いた。篠原だった。どうやら左隣らしい。嬉しくなって篠原ににこにこ笑いかける。篠原もにっこり笑う。

「よろしくね」

 わたしは篠原に握手を求めたが拒否された。そういえばこれはやってはいけないことだった。でも、篠原に村田さん。わたしは心地よく三学期を過ごせそうだ。

 ちなみに拓人は真ん中、レイカは窓際の一番前だった。二人とも先生に見られやすくて大変そうだ。

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