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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校一年生 三学期
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初詣と拓人と年賀状

 拓人の両親と祖母とわたしの両親ががやがやとしゃべりながら前を歩く。わたしと拓人は黙ったまま、ちょっと離れて歩いていた。気まずい。拓人は髪が伸びていた。軽く巻いた髪の毛が絡み合っていて、寝起きのままのようだ。何か話そうとしたけれど、いざとなると何も思いつかない。古い家と新しい家が入り混じる、アスファルトの道がそれほど広くない住宅街をてくてく歩く。全員が白い息を吐いている。わたしの息は誰よりも大きいような気がしてくる。賑やかな五人の後ろを、わたしと拓人は並んで何もしゃべらず歩いた。どうしよう、と思い始めたころ、道路を渡ったわたしたちは神社に着いていた。

 それほど大きな神社ではないけれど、お守りやおみくじを売っている場所もあるし、人で賑わっている。石の鳥居をくぐると、わたしたちは真っ先に鈴のある本殿に行って柏手を打った。こういうとき、今年の決心を心の中で神様に誓うらしいけれど、わたしは何も思いつかなかったので形だけ手を合わせた。隣では拓人が目をつぶって手を合わせている。

 拓人とわたしの両親は、一緒にお守りや破魔矢を見に行くようだ。拓人の祖母がわたしたちに混ざり、拓人と三人でその後に従って歩いていると、不意に拓人が声を出した。

「ばあちゃん。おれ、歌子と一緒におみくじ引いてくる」

 びっくりしているうちに、拓人はわたしの手首を掴んで「行こう」と言った。わたしはぽかんとしながらついていった。拓人は無表情に歩いている。お屠蘇が配られる横にある、壁に設置された無人販売のおみくじの機械の前に着くと、拓人は白い息を大きく吐いた。

「ばあちゃん、感づいてるんだよな。歌子、何か言った?」

 わたしは拓人の態度が以前のようだったので驚いた。表情も声音も、前と同じ。

「言ってないよ」

 わたしが戸惑いながら言うと、拓人は困ったようにため息をついた。

「ばあちゃん鋭いんだよ。顔に出さないようにするの大変」

 わたしはちょっと笑ってしまった。彼女は拓人のことが昔から大好きなのだ。拓人の様子をよく見ている。

 わたしの顔を見て、拓人はにっこり笑った。

「歌子、元気になったな。心配してたよ。あのあと変な噂になっちゃってさあ。多分レイカ辺りが広めたんだろうけど」

「拓人、噂を必死で打ち消してくれたんだってね。ありがとう」

 わたしはようやく笑って言えた。拓人はわたしをじっと見て、

「誰から聞いた?」

 と訊く。わたしは笑顔のまま、

「篠原」

 と答える。拓人は頭をかきむしりながら、何だか悔しそうに呻く。

「あいつかあ」

「篠原ね、早く噂がなくなってわたしが友達を作れるようにアドバイスしてくれたんだよ」

 拓人は顔を上げる。

「普通の女子みたいに、男子にボディータッチせず、目立つ行動はせず、篠原にもべたべたせず。そしたら今噂はなくなったし、嫌われてる感じが減ったよ」

「はあ? 歌子、篠原にべったりだったじゃん」

 拓人が唇を尖らせるので、わたしはきょとんとする。だってクラスの誰も、もうわたしが篠原にべたべたしているなんて思っていないようなのに。

「歌子、朝遅いくせにすぐ篠原のとこに行くだろ? 移動教室でもいつも一緒だし、何かにつけて話してるじゃん」

 どうやら拓人は気づいていたらしい。わたしは言われてみて初めて気づいた。友達がいなくなってしまったせいか、篠原を構ってばかりいた。

「篠原、いい奴じゃん」

 わたしが言うと、拓人はちょっと大きな声で、

「そうだけど」

 と言い、次に声を小さくして、

「歌子が篠原を好きになったかと思うじゃん」

 とつぶやいた。わたしは困ってしまった。こういう展開はどうすればいいかわからなくなる。それを察してか、拓人も苦笑いする。

「あーあ、おれ、歌子を諦めるって決めたんだけど」

 拓人はかきむしって乱れた髪を直しながら続ける。

「多分、諦めるよ。彼女も作るし」

「彼女、作るんだ」

 ちょっと寂しいな、と思う。

「まだ決まってないって。まあおれはもてるし、誰かしら寄ってくるよ」

「うぬぼれてるなあ」

 わたしはくすくす笑う。拓人と普通に話せるようになったことにほっとしながら。

「篠原の指示で最近大人しかったのかあ。歌子はそのままのほうが面白いのに」

「面白くても、いちいちレイカみたいな女子に呼び出しくらうのは大変だもん」

「続かないと思うけどね」

 拓人はにやにや笑う。わたしは憮然とする。

「何で? 今うまくいってるのに」

「幼なじみだからわかるって」

 拓人の言葉に、そうなのかなあ、と思う。それでも、やめる気はさらさらない。失敗する予感は、わたしの中に一つもないから。

 拓人は、怪しまれないうちにおみくじを、と引いていた。かさかさと白い紙を開く。小吉だった。わたしも引く。中吉。

「うわ、しょぼっ」

 拓人がわたしのおみくじを覗き込みながら言う。わたしは笑う。

「大丈夫だよ。いい年になるよ」

 わたしたちはおみくじを細くたたんで境内の木に結びつけた。わたしが結ぶのを見ながら、拓人は訊いた。

「クリスマスイブはどうした?」

「普通」

「いやいや、誰かと出かけた?」

「家にいた」

 拓人は疑り深い目をわたしに向けていたが、急にやめた。それから、すうっと空気を吸い込んで、白い息と共にこう言った。

「おれたち、また元に戻ろう」

 わたしたちは二人で歩き出す。家族のところに向かいながら。拓人は言った。

「気まずいままは嫌だから」

 拓人の笑みは一点の曇りもなかった。わたしはとても明るい気分になり、

「うん」

 と笑った。今年は本当にいい年になりそうな気がしていた。

 家に帰ると、年賀状が届いていた。両親に届いた大量の年賀状をかき分けて、篠原のものを見つけた。すぐに裏返す。

「謹賀新年」

 それだけ読めた。崩し字の達筆なので、他の部分は却って読めなかった。読めないよ、とメールを書いているとき、下のほうの小さなイラストに気づいた。下手な丸の三段重ねの横に、立派な文字で「もち」と書いてあった。どうやら鏡餅のイラストのようだ。わたしは吹き出し、文章を打ち直した。

「篠原って絵が上手だね」

 送信する。返事は一時間後に来た。

「まあね」

 わたしはもう一度笑った。

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