皆の合格者発表
渚が志望大学に合格した。家探しのために父と共に東京に行ったりと忙しかったわたしは、彼女のそんな大切なときに一緒にいられなかった。父の仕事の都合があったので仕方がないのだが、彼女を呼びつけてまで合格者発表につき合ってもらった身としては申し訳ない気持ちになる。それでもとても嬉しくなって「おめでとう」と電話すると、「ありがとう」と返ってきた。
「護も合格したよ」
と言われてびっくりする。メールを見ても岸は何も言っていないからだ。さては渚にだけ教えたのだな、と岸に裏切られたような気持ちになっていると、渚はこう続けた。
「二人とも同じ日の夕方ごろだったから、一緒に合格者発表を見て、二人とも受かってて、すごく盛り上がって、……で、つき合うことにした」
「えっ」
絶句する。一瞬、何を言われたのかわからなかった。つき合うことにした? 誰と誰が?
渚が照れたように続ける。
「勢いって大事だね。岸がどさくさまぎれに『おれ、雨宮の返事待ちなんだけど』とか言うから、考える暇もなく『いいよ、つき合おう』って答えちゃった。案の定、護は大喜びだよ」
想像がつくので面白くなって笑ってしまった。でも、本当によかった。うまく行くはずの二人がずっとくっつかなかったのだ。やっと決着がついたことで、わたしもほっとした。
メールで岸に、「おめでとう」と送った。岸は「ありがとう!」と未だ興奮覚めやらぬ様子でわたしに返事をした。合格と告白成功、どっちのことなのかを書き忘れてしまったが、きっと岸はどちらのことでも大喜びなのだろう。
次は、総一郎だ。確か、合格発表は明日だったはず。どうなるのだろう。明日はわたしも地元にいるから、会えるだろう。
*
総一郎の家で、合格発表を待つ。渚と岸も一緒で、わたしのときの失敗があるのでしっかり時間を確認して、発表時間の夕方の少し前に集まった。総一郎はソファーに座り、上の空でわたしたちの話を聞いている。
岸と渚は全くつき合っている感じがしない。相変わらず渚はドライに岸を扱うからだ。でも、岸がとても幸せそうなので、やはりそういうことなのだろう。岸はかいがいしく渚にお菓子を勧めたり、空の湯呑みにお茶を注いだりする。
「兄ちゃん、受かった?」
優二君が帰ってきて早々に訊く。青いランドセルをぽん、と床に置いたのに、総一郎が目ざとく気づいて言う。
「優二、ランドセルは自分の部屋に置けよ。それからうがいと手洗いもちゃんとしたか? あと、岸たちに挨拶は?」
優二君はランドセルを慌てて手に取り、わたしたちに「こんにちは」と言った。わたしたちはおかしくなりながら、こんにちは、と返す。優二君はランドセルを自分の部屋に置いてくると、洗面所に向かった。うがいをしに行くらしい。
「ねえ、優二君、風邪?」
声がざらついていた優二君が気になったわたしが訊くと、総一郎は首を振った。
「声変わり」
「えっ」
あの無邪気で元気で子供そのものだった優二君が、変声期に入ったらしい。びっくりしてしまった。そういえば、何となく落ち着いた感じにも見える。うがいを終えた優二君を見ながら、寂しさを覚える。優二君も大人になろうとしているのだ。
「優二ももうすぐ卒業式だからな。声も変わるよ」
「いいよ、おれの声変わりのことは」
優二君は恥ずかしそうに口を尖らせた。何となく、総一郎に対する無制限に表される尊敬の念も、抑え気味になった気がする。
「それよりいつ発表なの?」
優二君は総一郎の隣にすとんと座る。わたしが教えると、彼は「あと二十分くらいかあ」とため息をつく。それからぱっとわたしを見て、
「あ、歌子さん。合格おめでとう」
と笑った。わたしはうなずき、お礼を言う。優二君はにっこり笑い、
「兄ちゃんすげー喜んでたよ。しばらくすごく機嫌よかったもん」
と言う。わたしが答えようとする前に、総一郎が「言わなくていいことを」と優二君を軽くにらみつける。下唇を出す優二君を見て、わたしは笑ってしまう。
しばらく話しているうちに、時間はやってきた。時間ばかり確認するようになっていたわたしたちは、しん、と静まりかえってお互いの顔を見る。
「そろそろ確認する」
総一郎が携帯電話を取り出した。五人で総一郎の携帯電話を覗き込む。
「いいか? 押すぞ」
総一郎はわたしたちに確認を取ってから、目的のページを開いた。番号がずらりと並ぶ。この中から自分の番号を見つけるのは至難の業だ。ゆっくりとスクロールしていくと、近い番号が見えてきた。心臓の音が耳に届くくらいになっていて、とてもうるさい。番号が進んでいく。飛び飛びになっていて、落ちた人が何人もいることがわかる。総一郎がその一人になっていなければいいけれど、と願う。
「あ」
岸が声を上げた。
「あった!」
優二君が甲高いかすれた声を上げた。
「あるある。あるじゃん、すごい」
渚が興奮した声を出す。番号は確かにあった。何度も確認するが、絶対に間違っていない。
「おめでとう」
泣きそうになりながら、わたしは総一郎に横からしがみついた。総一郎はわたしに揺り動かされながら、じっと固まっていた。
「うん」
総一郎はやっと声を出した。冷静な声だった。彼にとって難関大に受かることなんて大したことではないのかな、と思ったら、次の瞬間の彼は違った。運動部らしい叫び声を上げ、拳を作ったのだ。岸が彼の肩を乱暴に叩き、彼は笑った。試合に勝ったみたいな彼らの前で、優二君は色々な言葉をかけて飛び上がっていた。
「歌子!」
総一郎が生き生きと笑ってわたしを呼んだ。わたしは立ち上がり、彼の側に立った。
「約束してただろ? あれ」
「え? 皆の前で?」
戸惑っていると、彼は構わずわたしを引き寄せてぎゅっと抱きしめた。岸が口笛を鳴らし、渚は「優二君の前ですよ」と声をかける。優二君は呆気に取られている気配がする。わたしは目を白黒させ、それでも嬉しさで一杯になりながら、
「おめでとう」
と笑った。