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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校一年生 三学期
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年末と新年と拓人

 年末は、篠原に言った通りに進んだ気がする。篠原と雪枝さん、中村先生、田中先生、田舎の祖父母に年賀状を書いて出した。クリスマスイブは何もない。その代わりにクリスマスにアーケード街のイルミネーションを地元テレビ局の番組で観ながら家族でパーティーをやった。父が、わたしの成績が上がったご褒美として白い革の財布をくれた。ケーキを食べ、子供用のシャンパンを飲み、いつもと同じクリスマスだな、と思いながら過ごした。大掃除ばかりは大晦日だけではなくその二、三日前から始まり、わたしは部屋を片づけ、漫画雑誌をまとめて捨てた。押し入れの中も見ていると、何冊ものアルバムが出てきた。開いたら、いきなり小さなころの拓人とわたしが二人並んでポーズを取って笑っている写真に出くわした。いたたまれなくて閉じた。わたしよりもよほど女の子みたいな拓人は、屈託なく笑っていた。

 それから大晦日の夜まで、わたしは拓人のことが頭から離れなかった。大掃除が終わり、家族で居間のこたつでテレビを観ていても、そのテレビ番組が年明けまでのカウントダウンを始めても、今年拓人との間で起こった色々なことを思い出してしまっていた。年明けの次の瞬間は、母の一言でやっとわかった。

「明けましておめでとう」

 わたしは一瞬黙り、ようやく思い出して笑った。

「明けましておめでとう」

 父はとっくにこたつの中でいびきをかいて寝ている。母がそんな父を揺り起こす。

「お父さん、新年よ」

 父は訳の分からない言葉を発してから、

「お、明けたか」

 と起き上がる。頭を掻きながら立ち上がり、わたしに向かって、

「今年もよろしく」

 と笑った。わたしが答える前に、父はあくびをしながら寝室に入っていった。いつも通りだ。いつも通りではないのはわたしの心だけ。去年はずいぶん変わってしまったな、などと思う。拓人にキスされるなんて、拓人を振るなんて、思いもしなかった去年のわたし。でも今年は新しいわたしに慣れていく年なのだろう。わたしは小さくため息をつき、母におやすみを言った。


     *


「歌子ちゃん、朝よ」

 母の声を聞き、自分のベッドの中で目覚めた。携帯電話を見ると、一月一日の午前八時。どうやら本当に新しい年になったらしい。ぬくもりの残るベッドから、のろのろと出た。肌がぴりっとする。フリース素材のパジャマだけでは耐えられない寒さだ。慌てて家用の上着を着て部屋を出る。居間に入ると、こたつの上に食べ散らかされた小さなおせち料理と空のお椀とお屠蘇のセットがあった。父はこたつに入って寝転がり、肘をついている。母はわたしの分のお屠蘇を杯に注ぐ。

「お屠蘇、やだ。薬臭いもん」

 わたしが開口一番に言うと、父が振り返って、

「飲まないと正月って感じがしないだろ?」

 と言う。母も笑顔で飲むように勧めるので、仕方なくその朱塗りの杯を口に運ぶ。やっぱり、変な味。口の中が消毒されたような気分。口直しとしてそのまま母が用意してくれたお雑煮の餅にかぶりついていると、母がにこにことわたしに言った。

「お雑煮食べたら初詣に行きましょうね。去年のお守りも返さないと」

 面倒だな、と思うけれど仕方がない。毎年の行事なのだ。父はいきなり起き上がり、わたしを急かす。

「歌子、早く食べろ。お前が寝坊したから今年も遅くなっちゃったじゃないか」

 満面の笑み。わたしはむっとしてつぶやく。

「明日でもいいじゃん」

 そこに母が割り込む。

「元旦に行くのが一番よ。神様も歌子ちゃんを待ってるわよ」

 だから急ぎなさい、という笑顔。元旦の初詣は毎年のわが家の行事だが、わたしたちが行く神社に祀られているのが一体どんな神様か、誰一人として知らないのだ。いい加減なものだと思う。

 少ないお雑煮を食べ終えてから着替えて、玄関に降りて靴を履く。寒いから帽子に手袋、マフラー、ブーツで完全防寒だ。玄関扉を開けると、肌を刺すような冷たい空気が入ってきた。

「わあ、寒い」

 外に出て、生け垣の外を見た。人がいたからだ。

「あら、歌子ちゃん。明けましておめでとう」

 どきっとした。拓人の母だった。拓人によく似た、とてもきれいな人。長い髪で、すらっとしていて、明るくて素敵な人だ。拓人の父もいる。無口で地味な、普通の父親という感じの人。拓人の祖母もいる。何故かわたしをちらちら見ている。それから、うつむきがちに立ちどまっている、拓人。

 後ろから両親が出てきた。呆気に取られながらも拓人の家族に新年の挨拶をしている。ついでに、わたしも。拓人の母はわたしの母に屈託なく話しかける。

「すみれさん、初詣?」

「ええ」

「一緒に行きましょうよ」

 最後の言葉はわたしたち皆に振りかけられた。わたしたちはうなずくしかなかった。

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