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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校三年生 三学期
149/156

皆の受験

 上々の出来だと思えた。多分、だけれど。

 帰りの飛行機の中で、どきどきしながら窓の外の風景を眺めた。何だかうまく行った気がするのだ。気のせいかもしれないけれど。

 問題はほとんどきちんと解けた、と思う。小論文もテーマに沿って書けたと思う。何か問題があるとしたら、名前を書き忘れたとか、そういうことではないだろうか。

 地元の空港に着くまで、そういう気分だった。空港で待っている両親を見て、明るい気分で駆け寄れるくらい、自信満々だった。

 帰りの車で、東京のすごさや面白さについて楽しく話せるくらい、余裕があった。

 なのに家に着き、学校に再び通い始め、誰かがどこかの私立大学に落ちた話を何度か聞き、時間が経つにつれ自信がなくなっていくのだった。

 渚は東京の私立大学に合格していた。でも、目指すところはそこではないようで、全く問題にしていなかった。総一郎も東京の大学に受かっていて、そこもかなりの難関大学なので、彼は自信をつけたようだった。岸は私立に一つ落ちてもう一つは大丈夫だったようだ。光も大丈夫だった。彼女の場合は本命にすでに受かったことになる。拓人は地元の私立大に受かっていて、受験は全て近場の大学ですると決めているようだ。静香も同じだ。美登里と夏子は私立をいくつか受けて一つずつ受かったようだった。近しい人たちは行き場がないということはなさそうだ。

 ただ、落ちてひどく落ち込む同級生たちや、私立受験で入試の厳しさを思い知って不安がる友達が、こちらの気持ちをせき立てた。早く早くとわたしの中で焦りが広がっていく。早く結果を。でも、落ちているかもしれない。それでも早く知りたい。いや、知りたくない。頭の中でごちゃごちゃと考えて、昼ご飯の時間もぼんやりする。

 昼ご飯は相変わらず一組で食べている。さすがに岸も渚に告白の答えを要求することはもうない。わたしと総一郎と渚と岸は、言葉少なに食事を済ませ、気晴らしに話したり勉強に集中したりする。

「東京、どうだった?」

 渚が何かの参考書を開きながらわたしに訊いた。わたしは突然嬉しくなった。

「すごくよかった! すごく活気があってね、東京に絶対住みたいって思った」

「あたしも、あの大都会ぶりにはびっくりした。住みたいとは思わなかったけどね。やっぱり志望大学がある京都に住みたいってすごく思う」

「志望大学のある都市に合うかどうかってすごく大事だよな。おれは東京って色々思うことはなかったけど、大丈夫そうだなとは思った」

 総一郎が話に入ってきた。岸は黙って問題集の答え合わせをしている。

「いいよな、受かってるやつらは優雅で」

 ふと、とげとげしい声が聞こえてきた。わたしの後ろのほうからだ。振り向くと、誰とも目が合わなかった。男子が何人か、教科書や問題集を解いていた。

「気にしないほうがいいよ」

 総一郎が小さな声で言った。

「ぴりぴりしてるから、ああいうこと言っちゃうんだよ。おれたちもあんまりこういうこと言わないほうがいいかも」

 わたしはうなずいたけれど、少し窮屈な気分になった。わたしだってまだ結果がわかってないのにな、とも思う。

 わからないまま、国立大学の受験も始まるのだ。何とももやもやした気分になる。


     *


 国立大学の入試はその約一週間後だった。わたしは家の近くのS大学を受けるけれど、総一郎も渚も岸も、遠くの大学を本命として受けるから大変だ。受験日の三日前に、四人で喫茶店に集まった。わたしは一人一人全員に、「大丈夫、頑張ろう」と声をかけた。渚と岸は不思議そうな顔していたが、この間のわたしに「大丈夫」と言ってくれた総一郎はくすぐったそうな笑みを浮かべている。

「岸は大阪、渚は京都、総一郎は東京。皆遠いところで受験だね。泊まったりして雰囲気が変わって緊張すると思うけど、大丈夫だからね。頑張ろう!」

「町田はいつからおれたちの担任教師になったんだ?」

 岸が茶化す。わたしはようやく岸の笑顔を見られて嬉しくなる。しばらく受験への不安で、彼はあまり笑っていなかったのだ。

「あと、歌子も受験があることを忘れずに」

 渚が口元にてのひらを寄せて言った。忘れてはいないが、第一志望を受ける彼らを励まさなければならない気がして、こうして大袈裟なことをしてしまったのだった。

「歌子、人のことばかり考えてないで、自分の受験とかこの間の結果とか気にしないと」

 総一郎までもがわたしに忠告する。わたしは「わかった」とうなずき、顔を上げてから「でも、皆頑張ろうね」と言ったら三人とも声を上げて笑った。何だか楽しい気分になった。このまま、三人がリラックスして受験できたらいい。

 渚たちと別れてから、総一郎が家まで送ってくれた。夕暮れ時だったからだ。

「歌子、おれの目標のことは知ってるよな」

 総一郎はわたしを見下ろし、微笑んだ。わたしはうなずく。

「創薬の分野で活躍したいって思う。自分がそっちの道でものになるかわからないけど、そうなるように努力する。歌子、それができたらそれは歌子のお陰だよ」

「えっ、どうして?」

「歌子が励ましてくれて、うじうじしてるおれの背中をどんどん押してくれて、ここまで来ることができた。それで努力しなきゃ本当に駄目だって思うようになった。だから、本当にありがとう」

 わたしは嬉しくて笑った。総一郎の人生の一部になれている、彼を励ますことができている。それだけでとても嬉しかった。

「とはいえ、本命にはまだ受かってないからこういうことを言うべきじゃないんだけどな」

 彼は考える様子で笑った。わたしは彼の腕をぎゅっと抱きしめて歩き出す。顔を見ると、彼は微笑んでいる。

 家に着くと、彼はわたしの頬に唇を落とした。それからこう言った。

「歌子にキスしたことを思い出して、リラックスするよ」

 わたしは少し顔が熱くなった。

「わたしもそれを思い出すね。この間大丈夫だって抱きしめてもらえて、すごく助かった」

 総一郎は笑った。それからわたしたちは、「じゃあ」と別れた。

 総一郎の目標が達成できたらいい。渚も岸も、夢や関係がうまく行けばいい。拓人も静香も、美登里も夏子も光も。わかりあえない関係の舞ちゃんやあやちゃんだって。レイカも。

 そこまで考えて思う。レイカはこれからどうするつもりなんだろう?


     *


 S大の受験はリラックスして受けることができた。ここは本当に立地条件がよく、自然も多く、ここに通えたらとても気楽だと思う。けれど、わたしの心はここにない。どうしても、W大に受かってそちらに行きたい。

 S大のキャンパスを歩いていく。人気のない森のようになったそこは、苔むす巨木が生え、木陰に小さな大学の食堂があったりする。そこで、メールが来た。

「受験終わり!」

 渚からだ。わたしもだよ、と書いていたら、岸からも「終わったー!」と来た。それからしばらく雑談していたら、総一郎からのメールもあった。

「どうにか終わった。皆お疲れさま」

 お疲れさま、と返す。わたしは微笑んでキャンパスを裏門から出た。

 わたしも総一郎も渚も岸も、受験が全て終了したのだ。

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