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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校三年生 二学期
143/156

見晴らし窓

「お父さん」

 朝食の席で、わたしは父に声をかけた。父は眉を上げ、わたしを見る。

「W大、受けちゃ駄目、なんだよね」

「駄目だ」

 父は不機嫌そうにご飯をかき込んだ。

「そう」

 わたしは下を向く。不思議と、ショックではなかった。どうせ、入れてもついていけるかどうかわからないのだ。諦めたほうがいいのかもしれない。

 日曜日なので、出かけることもせずゆっくりと過ごした。勉強をせず、お菓子を食べたり漫画を読んだりする。夕方になるまでそうやって過ごした。

 ジュースを飲みたくて居間に下りると、テレビがついていたのでテーブルの上のリモコンを取り、消した。テレビ台の横の棚には、わたしが集めたDVDがたくさん入っている。よくこんなに集めたなあ、と思う。自分の小遣いで買ったり、夏子にもらったりした。忙しくても一週間に二、三本は見た。

 「イヴの総て」など、ベティ・デイヴィスの出演作品のパッケージを眺める。何も感慨はなかった。DVD、片づけようかな、と思った。居間に置いていても家族の邪魔になるかもしれない。一つずつ出して、重ねていく。

「見晴らし窓をつける」

 ふと、言葉が頭に浮かんだ。確かこれは、ベティ・デイヴィスの最晩年の作品の台詞の一部だ。海を背景にしたこのシーンを見て、わたしは自分を開こうと思ったのだった。他人に自分を開いてみせる。自分に自分を開いてみせる。

 突然涙が出た。できてないじゃないか。わたしはわがままに振る舞っているだけ。自分の思うがままに突っ走るだけ。どうしようもない自分がふがいなくて、泣けてくる。

 映画、もう一回だけ観よう、と思った。最後の一回。それでもいい。


     *


「総一郎。わたし、お父さんにW大受けるなって言われた。東京に行っちゃいけないって」

 わたしは購買部の前のテーブルで向かい合っている総一郎に告げた。総一郎は、目を見開いてわたしを見る。心底驚いているようだった。

「何で?」

 総一郎が訊く。わたしは説明をした。総一郎のせいではないことを言い添えて。総一郎の顔がどんどん曇っていく。

「じゃあ、歌子、S大受けるの?」

「お父さんはそうしてほしがってる」

 総一郎は頭を抱えて下を向いた。総一郎がこんなにショックを受けるなんて、少し驚いた。だって、総一郎は何度も「大丈夫」だと言っていた。

「歌子」

「何?」

「おれは、大丈夫だって言った」

「うん」

「でも、本当は自分に言い聞かせてた。大丈夫だって思いたかったから。でも、本当は不安だ」

 わたしは驚いて彼を見る。彼は唇を噛み、こう言った。

「歌子が同じ東京の大学を受けるって言ったときは、ラッキーだなとしか思わなかった。離れても大丈夫だって、前は思ってたから。でも、思ったよりそのことに依存してたみたいだ。それを聞いて、すごく不安だ。別れ……てしまうんじゃないかとか、互いに何とも思わなくなってしまうんじゃないかとか」

 わたしは彼の悲しそうな顔を見て、ぎゅっと胸を引き絞られる思いをした。総一郎も、不安だったのだ。わたしよりずっと不安だったのかもしれない。わたしは軽々しく「寂しい」と言っていたけど、彼は一言も言わなかった。言葉にするのが怖かったのだろう。今度はわたしが言わなければならない。

「わたしたちは、大丈夫」

 総一郎は顔を上げた。意外そうな顔だった。

「大丈夫ったら大丈夫。離れて暮らそうが、誰かにつき合いを否定されようが、時間が経とうが大丈夫。絶対に、大丈夫。というおまじない」

「何だ、それ」

 総一郎は、ようやく笑った。わたしも笑う。おまじないに頼る以外にどうしようもない。でも、よく効くような気がした。現に、わたしも総一郎もほっとした顔になっている。

「歌子、夢があったのに、おれのせいでこんなことになってごめんな」

 総一郎が、すまなそうな顔でわたしに言った。わたしは笑う。

「大丈夫だよ。わたしはもう一回お父さんに頼むから」

「そうなの?」

 総一郎が驚いた顔をした。

「うん。必死で頼む。駄目なら、自分で働いて学費を稼げばいいんだし」

 総一郎の目が真ん丸になる。甘ったれのわたしから出た言葉とは思えないのだろう。

「それに、わたしには武器があるんだ」

「武器?」

「うん。内緒だけど」

 総一郎は生き生きした表情になってきた。わたしの中の活力が彼に移ったかのようだった。

「歌子、最近元気なかったのに、信じられないくらいやる気満々だな。よかった」

 わたしはにっこり笑う。

「映画を観たの」

「へえ」

「自分の胸に見晴らし窓をつけて、じっくり自分を開いてみたの」

 総一郎は訳が分からない、という顔をしたが、何だか満足げに微笑んだ。

「よかったよ」

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