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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校三年生 二学期
137/156

新しい友情

 廊下で、総一郎が、あ、と小さく声を上げた。岸が「おー」と嬉しそうに笑う。わたしと渚が一緒に階段を上がってきたのを見ての反応だった。わたしと渚は何となく照れくさい気持ちでお互いを見た。渚もわたしも無言で笑っていた。それから二人に挨拶をした。渚とわたしの声が重なる。

「よかったなあ」

 岸がにこにこ笑っている。総一郎がうなずく。それから歯を見せて思い切りわたしに笑いかける。わたしと渚は照れ笑いをし、わたしは皆に提案をする。

「今日はさ、皆でお弁当食べようか」

 総一郎は「いいよ」と答え、岸は「当然です」とおどける。何度もバラバラになったわたしたちの雰囲気は、以前と完全に同じではなかった。それでも、四人でいることに居心地のよさを感じた。

 わたしと渚の関係も、元通りではなかった。わたしたちの関係の傷ついた部分は、少し損なわれたまま、新しい形に変化していた。それは、渚が以前していたような、抱きしめながらの挨拶がなくなるという形で表れていた。渚もわたしも、手探りで新しい関係になろうとしていた。以前とは違う形。渚はわたしを大事にしすぎないように気をつけているようだった。わたしも、渚に甘えないように注意した。それが、渚の行動となって姿を現したのだ。わたしは、これでいい、と思う。変化したことは寂しい。でも、わたしたちには必要だと思った。

 わたしたち四人が話しているのを、光が見ていた。挨拶しようとしたら、にっこり笑って手を挙げてくれた。わたしも手を振って返す。

 それから一週間、光はわたしのところに来なかった。


     *


「涼しくなってきたね」

 わたしがつぶやくと、おにぎりにかぶりつきながら総一郎がうなずいた。岸は自作の英単語帳を読みながら返事をしようとしたようだが、意識がそちらに向いていたのか、何やら読んでいる英単語をつぶやいてしまい、「あ、ごめん」とわたしを見た。渚はわたしのほうを向き、

「受験が近いね」

 と言った。わたしはどきっとして、突きつけられた現実を認める。憂鬱だった。けれど、待ち遠しくもあった。わたしの学内での成績はなかなかいい調子で上がり、この間の全国模試にも自信があった。問題があるとしたら未だに両親がわたしの志望校を認めてくれていないということで、食事どきなど気まずくて仕方がない今の状況を、どうにか変えたいと思っていた。

「お父さんは、どんな感じ?」

 渚が訊くので、わたしは答える。

「駄目だね。受験のことを一切言葉に出さない。わたし受験生だし、親も進学してほしいみたいなのに、不自然だよね」

「よほど歌子のことが大事なんだなあ」

 総一郎が遠い目をする。渚はそんな彼を見て、

「総一郎にとっては最大の敵だね」

 とソーセージをぱくつく。慌てる総一郎が「何を言ってるんだか」と誤魔化そうとしている横で、岸が「……opponent」とつぶやく。意味は「競争相手」だ。総一郎が、「お前なあ」と岸を見るが、どうやら真剣に勉強をしていただけで何の意図もないらしい。

 一組の教室は、以前より勉強している生徒が増えた。親が医者で同じ進路を期待されていたり、研究者を目指していたり、そういうはっきりとした道筋のある生徒が多いらしかった。わたしがいる五組はそこまで熱心ではないけれど、目標がある生徒は何人かいるようだ。

「ごちそうさま。昼休み、終わりそうだから戻るね」

 わたしがお弁当の包みを持って立ち上がると、三人はひらひらと手を振った。岸は相変わらず英単語帳に目を落とし、渚と総一郎はわたしに笑いかけている。

 廊下を歩き、四組を覗いた。光はいた。そっと入って、声をかける。友達と話をしていた光は、わたしを見るといつも通りにこにこ笑った。考えすぎなのかなあ、と思う。でも、光は一週間わたしのところに来なかった。

「歌子、あのね」

 光がわたしに何か言おうとして考え込み、すぐに考え直してわたしを教室から連れ出した。光が階段と更衣室の間の廊下に立ちどまると、わたしたちはひとしきり話をした。受験のこと、映画のこと。気が合うなあ、と思う。話していて楽しい友達だ。明るくて笑顔が多くて、居心地がいい。

「最近来ないのはね」

 と光は切り出す。わたしは渚とのことを思い出しながら聞いていた。光は笑っていた。

「わたし、歌子にそこまで必要な人間じゃないって気づいた。一番の親友とかそういうのにはなれないなって」

 わたしは驚いていなかった。でも、一番ではなくても光は友達だった。そう伝えるつもりでいた。光は続ける。

「自分で思ったんだ。他人が輝いてるのに、あやかろうとしてばかりの自分ってどうなんだろうって。わたし、歌子とはまだ友達にすらなってなかったのかもしれない」

 びっくりした。わたしは思わず、

「そんなことないよ。だって、わたしはすごく気が合って楽しいと思うし」

 と反論した。光は笑う。

「ありがとう。でも、わたしは歌子がまたいじめられても、助けないかもしれないよ。歌子はいつだって誰のことだって助けるから、わたしが同じ立場になっても助けるかもしれないけどね」

「去年、光はわたしに声をかけてくれたよ。わたしはそれから皆とうまく行くようになったし」

「そんなの、歌子に感心したから話しかけただけで、『助けたい』とか『大事な存在だから』って気持ちじゃないよ」

 わたしは驚いて口をつぐむ。

「本当の友達にね、なれるときが来るとしたらもっと大人になってからだなあって思う。歌子のことは気に入ってるよ。友達になりたいって思うよ。でも、お互いを助けたいとか、裏切らないとか、そういう気持ちは歌子もわたしもできあがってない」

 光は、気が合うだけでは友達ではない、と考え始めたようだった。わたしは渚や美登里や色々な友達のことを思い出し、そうなのかもしれない、と思った。でも、わたしは光が困っていたら助けるだろう。光はそれをわたしが誰にでもする行為だと思っているけれど。

「わたしは、光のこと友達だと思うよ。光が言う意味でもそう思うよ」

 わたしが光を見ると、彼女はぱっと顔を輝かせた。でも、すぐに元の表情に戻った。

「ありがとう。でも、わたしは同じことできないよ」

「それでもいいよ」

 わたしがそう言うと、光は唇をぎゅっとつぐんで泣きそうな顔になった。

「ありがとう。本当に。でも、わたしはそういうの、駄目だと思う。与えてもらってばっかりなんて」

「わたしなんて、渚から与えてもらってばっかりだったよ。守ってもらって、優しくしてもらって。でも、これからわたしは与えるほうになろうと思ってるよ。他の友達にだってそう。わたしは美登里に助けられたことを返していきたいし、光に声をかけてもらったことと同じことをしたい」

 光は微笑んだ。

「歌子はたくさん助けてもらったんだね」

「そうだよ。助けてもらってばっかりだよ」

 わたしも笑う。光はこう続けた。

「それなら、わたしもそうしたい」

 わたしはぱっと明るい気分になった。光は恥ずかしそうに、

「友達になりたい」

 と笑った。わたしも笑みを浮かべ、うなずいた。それからわたしは光に手を差し伸べ、手を握り、「よろしく」と笑った。

 わたしは、光のことを友達だと実感できていた。光にはわたしを嫌な気分にさせる部分があったし、本当にうまく行くのだろうか、と思うところもあった。でも、大丈夫だ、と今初めて思った。

 彼女はわたしとの関係について真剣に考えてくれ、本音を話してくれた。それなら、わたしもそうするべきだと思った。彼女の悪いところもいいところも、彼女の本質として真っ直ぐ見つめるべきだとも。

 彼女の存在が、本当に大切になった瞬間だった。

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