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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校三年生 二学期
134/156

許したい気持ち

 家に帰るたびに、わたしは机に向かって勉強をする。いつかこの努力が報われるように願いながら。かけらになった消しゴムが使えないくらい小さくなったので、引き出しを開けて手探りで探す。ちゃり、と音が鳴った。

 胸に切なさを覚えながら取り出したのは、渚からもらったラピスラズリのブレスレットだった。渚はわたしをこのきれいで深い青の石にわたしを例えた。

 学校で渚を見かけることはほとんどない。わたしが避けているし、渚もわたしを避けている。いつも一緒にいたのが嘘みたいだ。

 今朝、珍しく渚とばったり遭ったのだった。

 わたしを知らない生徒のような目で見た。知らない生徒には、渚は興味の全くなさそうな目を向ける。でも、わたしには戸惑うように瞳を揺らがせて、それからそういう目をするのだ。わたしはそれに気づいてしまってから、悲しくなってしまったのだった。

 どうしてわたしたちが今、親友ではないのか。それは渚がしてはいけないことをしたからだ。渚がどういう気持ちでそういうことをしたのか。それまでは渚にためらいがあったことなど想像もしていなかった。けれど、わたしたちの今までの関係を思えば、そんなことがあるはずがないのだ。

 躊躇っていて、田中先生のことがあって、引き金を引かれてしまったのだ。でも、そんなことがわかっても、わたしは渚を許すことができないのだ。

 ブレスレットを元の場所にしまう。それから、また机に向かった。


     *


 雪枝さんのアパートの部屋は、本当に酷いものだ。二年前とは比べものにならないくらい、漫画がなく、勉強用の本やノートで散乱している。この間片づけたのは何だったのだと思えてくる。アンティーク調の箪笥も、優しい緑の壁紙も、大小の付箋や張り紙に埋め尽くされてがらりと見た目が変わってしまった。

「雪枝さん、酷いね、これ」

「酷くなーい」

 梅昆布茶を出してくれた雪枝さんは、この間よりは余裕があるように見える。訊くと、何だか最近心がどっしりしてきてね、という返事だった。同じく受験生のわたしは、それが羨ましい。

「今日は渚と一緒じゃないんだね」

 わたしはうなずく。そう言われるのはわかっていた。それに、渚は雪枝さんにも言ってなかったのだな、とわかって悲しさを覚えた。また、一匹狼に戻ってしまったのだな、と。

「どうしたの? 喧嘩?」

 わたしは黙っていたが、雪枝さんには言いたくて、全部ぶちまけてしまった。渚はわたしを裏切った。わたしは彼女を許せない。怒りしかない。そういうことを、静かな怒りと戸惑いを抱きながら、滔々と話し続けた。戸惑いは、どこから生まれたのだろう。わたしの感情はどこにあるのだろう。渚に対する許せない気持ちは、本物だろうか。話しながら、疑問が次々生まれてきた。

「歌子」

 複雑な気分で再び黙り込んだわたしに、雪枝さんは真剣な顔でこう言った。

「許してあげなさい」

「え」

「というか、許したいんでしょう? 許したいけどできないから、そんな風に辛いんでしょう? なら許してあげなよ。少なくとも、許す努力をしたらいいよ」

「でも、渚はわたしが友達じゃなくてもいいと思ってあんなことをしたんだよ」

「そんなわけないじゃん。あんなに歌子のことが大好きで、親友だと思ってくれてた渚が、歌子のことを友達としてどうでもいいと思ってるわけない。歌子を恋愛対象として見てしまうことは、辛かったと思うよ。友達関係が崩れてしまうかもしれないって、心配だったと思う」

 わたしはぼんやり雪枝さんの微笑んだ口元を見る。

「渚は、歌子のことが大好きだって表し続けてくれたでしょ? 応援してくれたでしょ? 守ろうとしたでしょ? 親友としての歌子は、渚にとって本物だったと思うよ。今回のことで、歌子は渚を許せなかった。でも、わたしは歌子が許したいと思ってるのがわかるよ。辛そうだもん。嫌いだったりどうでもよかったりする相手に、そんな気持ちになることなんてないよ。ね、歌子。許してあげな」

 わたしは気づけば泣いていた。涙が次々こぼれ出す。わたしは渚のことを久し振りに大好きで大切な親友だと、素直に思うことができていた。泣きじゃくるわたしの頭の上に、雪枝さんはぽん、とてのひらを載せた。

 明日、渚に会おうと思った。

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