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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校三年生 二学期
132/156

気の合う友達

 文化祭と体育祭の振り替え休日は、光と過ごすことにした。光が映画に誘ってくれたのだった。邦画で面白いのがあるみたいだよ、とメールが届き、二人で行こう、と言ってくれた。

 何だか本気みたいだな、とわたしはふと思う。光がわたしの一番の親友になる、というのはどこか遠くで計画され、実現するもののように思っていた。

 そういう醒めた感情に、蓋をする。光はわたしに対して本気でそう思っているのだから、わたしも本気でいなくてはいけない。だから蓋をするのだ。誠実に対応するのだ。

 郊外の大きな映画館で、その映画はやっていた。アーケードの近くのバス停で待ち合わせをしていて、自転車を停めて歩いていると、光が嬉しそうに駆け寄ってきた。

「さあさあ、行こう。バスが来るよ」

 わたしはうなずき、一緒に走り出す。光はわたしより足が速いので、どんどん先に行ってしまう。人々でごった返した、バス停が連なる大通りに着くと、光はぜいぜい息をするわたしを見て「遅いよ」と笑った。バスはその直後に来て、わたしたちは乗り込んだ。

「光も映画が好きなんだ」

 バスの最後部に座り、わたしは呼吸を整えて笑った。光はうなずき、

「親が好きでね、影響受けてる」

 と微笑む。光の好みは派手なものではなく、人間関係を描いた静かな映画なのだそうだ。邦画が特に好きだというわけではないが、いいものは観るスタイルらしい。

「今日観る映画はすごいよー。どこかで賞を獲ってもおかしくないよ」

「へえ。もう観たの?」

「ううん。そういう評判をネットで見ただけ」

 光はぺろっと舌を出して笑った。わたしも笑う。邦画はたくさん観たわけではないが、興味があった。楽しみではある。

 映画館に着くと、月曜日なのでひどく混んではいなくてほっとした。光と一緒にチケットを買い、おしゃべりをしながら待ち、薄暗く赤い椅子がカーブしながら並んだあまり広くない劇場に入って開演を待った。劇場が暗闇になる瞬間は、いつだって怖い。

 映画は素晴らしかった。有名な高齢の女優が主人公を演じていて、最初は華を感じなかったのに、一気に引き込まれていた。本当に、素晴らしい女優というのはすごいと感じる。いつだって、敵わないと思いながらもこうなりたいと思う。わたしは画面を見つめ続けた。胸を締めつけられ、涙し、息が苦しくなる。

 終わって、劇場が明るくなったので光の顔を見た。放心したような顔だった。涙の跡さえあり、ああ、彼女も感動したんだ、と嬉しかった。

 現実世界に戻ってきたことを思い出させる賑やかな廊下に出て、同じ映画を観た人たちの感想を盗み聞きする。色々な感想があり、面白い。暗くて嫌な気持ちになった、という初老の男性に憤慨し、感動したね、と言い合う若い男女に同意する。全ては心の中で、だけど。光はしばらく無言だった。でも映画の余韻を噛みしめているようだったので、わたしも話しかけなかった。

「よかったねー」

 強い日差しの降り注ぐ、まぶしいほどの外の世界に出て、光はようやく口を開いた。わたしも応じる。

「すごいよね、女優さん」

「主人公の内面まで全部作り込んであるんだなって感じなのに、自然でね」

「泣いたー」

 そう言う光は今にもまた涙を流しそうだった。ああ、気が合うな、と思う。いい子だなあ、親友になれるかもしれない、とも。わたしの中で彼女との関係がはっきり形作られてきた感じがする。彼女が言ったことは、本当に実現するのかもしれない。

 バスでアーケードに戻り、コーヒーショップでおしゃべりをした。彼女はやはりブラックコーヒーで、わたしは桃ジュースだ。ひとしきり受験の愚痴を言い合うと、わたしたちは個々人のものである受験勉強の苦しみを共有できた気がした。

「歌子、今日遊びに来たことで親に何か言われない?」

 光が心配そうに訊く。わたしは首を振り、

「親としては焦りはないみたいだから、何にも言われなかったよ」

 と唇を尖らせる。不思議そうな光に、わたしの志望校と親の方針の話をする。光はびっくりしたように、

「嘘、歌子は絶対演劇関係に進むべきだよ!」

 と大きな声を出した。

「歌子はそっちに進むべきだよ、もったいない。絶対研究も女優もうまく行くよ」

 わたしは笑みを浮かべる。でも、光があまりにもわたしを肯定するので、彼女はわたしを過信しているのではないか、という不安に襲われる。

「そうかな。わたしだって他の皆だって、まだ可能性の段階だよ。目標が実現するかどうかは全然わからないんだよ」

「大丈夫だよ、歌子なら」

 光は笑う。

「だってさー。レイカのこと聞いた? 大学行かないんだって。うちの高校出て大学行かないなんて珍しくない? 目標とかなさそうだもんね。将来どうするんだろ」

 わたしは顔が強ばるのを感じた。レイカのことは、今となっては嫌いではない。悪口を聞いて、いい気はしない。それに、光の嘲笑するような顔を見て、この子はレイカと仲良くしていた日々のことを忘れたのだろうか、と怖くなる。わたしもいつかこういう立場にされるのだろうか。

「雨宮さんもさ」

 わたしはどきっとする。光は片頬だけ上げて笑っている。

「『アインシュタインになる』とか言うけど、無理に決まってんじゃんねー。目標は実現可能なものにしないと。いくら頭がよくて天才と言われてるからってさあ、相対性理論には敵わないよ」

 わたしは怒りがこみ上げてくるのを感じた。レイカのときには困惑しかなかった。なのに怒っている。元とは言え、親友だったんだ。だからだ。でも、怒るべきことだろうか? わたしは渚と決別してしまった。彼女に対してまだ怒っている。彼女をかばう必要はあるのだろうか? わたしは黙ったまま、自分の感情に整理をつけていた。そこに光が追い打ちをかける。

「それにさ、雨宮さん、中学のとき女の子とつき合ってたらしいよ。ちょっと、無理ーって感じだよね」

 光が笑う。わたしは顔を強ばらせ、ようやく言葉をひねり出した。

「そういうの、言っちゃ駄目だと思う」

「そう? でも本人はこの場にいないし、別に……」

「本人がいなくてもわたしがいるから」

 わたしが光をにらみつけると、彼女は動揺して黙った。それから数秒経って、

「……ごめん」

 と頭を下げた。わたしは一瞬のうちに光を許した。そして、

「いいよ。謝ってくれたんなら」

 と答えた瞬間から、もやもやした嫌な感情に取り巻かれてしまい、それは数日の間消えることはなかったのだ。

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