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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校三年生 一学期
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岸との会話

 夏休みが始まった。内田につきまとわれているからといって、家にこもっているわけにもいかない。去年と同じように夏期講習を受けた。それも、一番難しいレベルのクラスに参加して。文系科目も理系科目も、毎日毎日習得が困難であることを実感しながら苦労して身につけた。去年のわたしなら絶対にわからなかったはずの問題を何とか解けたときは飛び上がるほど嬉しかった。でも、先月受けた模試の結果では、W大はD判定で望みはほとんどなかった。でも、ひどくがっかりすることもなく、絶対に受かってやる、去年ならきっともっとひどい結果だったはずだし、と前向きな気持ちになった。

 総一郎たちとの会話も、受験の色を強く帯びるようになってきた。内田のことはたまにしか話さない。話すと、皆の気が滅入るからだ。

 夏期講習を終えて、多目的室で行われた同じ授業を受けていた岸と一緒に歩く。岸と二人で話す機会が増えたのは、この夏期講習のお陰だ。岸は優しくて剽軽で、わたしは総一郎や拓人といるときほどではないけれど、安心した気分になる。

 岸もわたしも、去年と同じように文化祭の準備があるので、午前中に講習を受けたあとは二人で昼食を取るために一組に向かった。話題は総一郎と渚だった。

「篠原も雨宮も、いいよな、学校の夏期講習を受けなくていいから」

「二人はさ、わたしたちとはレベルが違うからね。先生に教えられるレベルの内容は必要ないんだもん。いいなー」

「おれたち凡人組は塾に夏期講習に忙しいのに」

「凡人組かあ。というか、岸は塾に行ってるの?」

「うん」

 両親の勧めで入ったのだという。夕方から夜まで夏期講習並のレベルをやっているらしい。わたしも塾に通いたかったけれど、父に相談したら、「今の成績なら充分S大学を狙えるから、夏期講習だけでいい」と言われてしまった。あくまでも地元のS大学にこだわっている。夏期講習もお金がかかるから、自力で頑張ることにすればいい、と納得することにした。でも、岸の境遇はやはり羨ましい。

「いーいなー!」

 わたしが大きな声を出すと岸が笑った。

「何かさ、勉強漬けでうんざりしてるときにそう言われると、おれって恵まれてる? って思っちゃうよな」

「恵まれてるよ。いいなー」

 教室につき、持ってきたお弁当を鞄から取り出した。最近はお弁当も上手になった。岸は相変わらずの残り物弁当だ。

「あのさ、町田」

 岸がご飯に箸をつける前にわたしに話しかけた。わたしはすでに卵焼きを頬張っている。

「内田のことなんだけどさ」

 緊張が胃の底を走った。わたしはこっくりとうなずいた。

「どうもおかしいんだよな。あいつ、すげー篠原のこと尊敬してたんだよ。篠原先輩はすごいとか強いとかかっこいいとか騒いでて、なのに話しかけることはできなくて、遠くからいっつもきらきらした目で篠原を見てたような奴なんだよ。なのに、篠原を馬鹿にしたり弱いと言ったり町田に堂々と手を出そうとしたり、変だよ」

「ストーカーする時点で変だし……」

「まあ、そうなんだけど。でもさ、おれが思うに、何かあったんだと思うよ。町田に執着するのは、何となくわかる。あいつ、元々結構つきまとうというか思い込むというか、そういう奴だったから。でも、篠原を敵視するのは、町田とつき合ってるからっていう以上に何かありそうだと思うんだ。だから、根本的な部分を解決しないとどうにもならないというか……」

「何か、かあ……」

「そう。何か。おれにもわかんない。だって内田とすごく仲がよかったわけじゃないし。大事になる前に解決できれば一番いいから、色々考えてるんだけどさ」

 わたしはふう、とため息をついた。確かにそうなれば一番いい。

 話題を変えるため、わたしはずっと訊きたかったことを訊いた。総一郎が同席していたら、「しなくていいよ」と嫌がられそうな話。

「総一郎って、中学のときもててた? かっこよかった?」

 岸がにんまり笑ったのでわたしは嬉しくなった。話すことがたくさんありそうだ。

「おれよりはもててた」

「それじゃ基準がわかんないよ」

「うーん、甘いマスクの、バスケ部男子とかに比べると全然いけてないけど、コアなファンみたいなのがついてたよ」

 具体的になってきた。わたしはどきどきしながら身を乗り出す。

「総一郎はわたしが初めての彼女だって言ってた。本当かな」

「本当本当。あいつ、女子には興味ありませーん、剣道が恋人でーす、って感じだったからな。でも強いしストイックだし背も高いからもててたな」

「へえ」

「町田とつき合ってると聞いたとき、すげーびっくりしたからな。あの篠原が!」

「そうなんだ」

 わたしはくすくす笑う。

「バレンタインにはお手紙とチョコレートを渡されたりな。でも、全部断ってた。何せ剣道が恋人だから……」

 わたしは大笑いした。周囲の目が気になるけれど、やめられない。総一郎が昔から変わっていないというのは嬉しかった。もてても、誰ともつきあっていないというのもほっとした。剣道が大好きで、強くなりたいといつも願っている総一郎。そんな彼の懐に潜り込めて、恋人にまでなれたわたしはとてもラッキーなのかもしれない。

「一年のときは地味な男子だなーって思ってたけど、剣道をまた始めたらきらきらし始めたもんね。もてたっていうの、わかるかも」

「町田に構われるようになってから人生が上向いたって言ってたし、町田のお陰で篠原のモテ人生が再開したのかもしれないな。気をつけろよ、町田」

 岸が真面目な口調でそんなことを言うので、わたしは吹き出してしまった。でも、嬉しい。わたしは総一郎につきまとっていただけだけれど、そんなことをこっそり言っていたなんて。

 こんなこと、総一郎の前では言えないね、とわたしが岸に言ったときに教室の引き戸が開き、総一郎がやってきた。わたしと岸はそれを見て、顔を見合わせて笑った。総一郎は不思議そうな顔をしていた。

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