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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校三年生 一学期
125/156

地方大会終了と内田

 岸は個人戦でまたもや三位だったそうだ。総一郎が加わっている団体戦も、四位。うちの学校としてはすごい成績らしい。朝のホームルーム前、わたしは総一郎の手を取って飛び上がりながら喜んだ。総一郎は恥ずかしそうに笑いながらもつき合ってくれた。一組の廊下でやっていたのだから、かなり恥ずかしかっただろう。

「総一郎は一度も負けなかったって本当?」

「まあ……」

「すごーい」

「歌子、そろそろ人目が気になる」

 総一郎が言うので、わたしは渋々手を離した。一組の生徒がちらちらとこちらを見ながら教室に入っていく。

「引退試合は、いい試合だった?」

「まあ、いい試合だったかもな。強い相手に当たったし、勝てたし」

「なら、よかった」

「大学でも剣道はやるつもりだし、そんなに寂しくないよ」

「うん」

 わたしはにっこり笑った。総一郎の大切な大会を見られなかったのは残念だけれど、総一郎の満足げな顔を見るとほっとするのだった。

「うーたこ」

 声をかけられて、振り向くと渚だった。わたしは昨日のことを思い出して気まずい気持ちになる。でも、渚は気にしていないようだった。微笑みながらわたしに腕を伸ばし、抱きしめる。温かな渚のセーラー服の肩に半分顔を覆い隠されながら、彼女の声をすぐ近くで聞く。

「おはよう」

「おはよう」

 わたしも返す。渚は体を離し、にっこり笑って総一郎を指さした。

「今日から総一郎、一緒に帰ってくれるって」

「本当?」

 振り向くと、総一郎がうなずいていた。「部活、もうないし」と笑う。

「ありがとう」

「いいよ」

 岸も一緒に帰ってくれるかと思ったけれど、内田とよく関わっていた岸が内田に注意したりしたら余計問題がこじれるかもしれないということで、岸はできるだけ別に行動するらしい。寂しいけれど、皆がわたしのために考えてくれたことだから、従う。

 大事になってきたので、本当に気をつけようと思う。


     *


 総一郎と渚と一緒に帰っていた。まさか、この状況で内田が姿を見せることはないだろうと思っていた。けれど、内田はやってきたのだった。

 いつものように校門の前で、汗をてのひらで拭きながら立っていた。わたしが一人で、そこに内田が話しかけてくるのを誰かが見たら、恋人同士だと思ったかもしれない。それくらい当たり前のような顔でいた。

 隣の総一郎の表情が強ばったのを感じた。わたしは不安になりながら無言で校門を抜けた。

「歌子さん」

 内田が後ろを歩きながら声をかけてきた。わたしは無視する。総一郎と渚がわたしを守るように近づく。

「おれの大会での成績、知ってる? 県大会では個人戦で一位、地方大会では二位だ。そいつより上。ていうか、篠原は個人戦のメンバーにも選ばれてないし」

 腹が立った。けれど、無視だ。

「おれのほうがすごいんだぜ。なのに何で篠原とつき合うの?」

「わたしは、あなたのことが好きじゃないし総一郎のことが好きだから」

 振り向いて答えてしまった。内田はわたしの言葉にショックを受けるどころか反応をもらえたことに喜んだ様子で笑った。渚がわたしの腕を引っ張る。わたしはまた歩き出す。わたしたちは商店街のほうに向かっていた。家は近すぎるからだ。もうばれているかもしれないけれど、用心のためなのか総一郎が喫茶店の方向に歩きだしていた。

「何かさあ、おれストーカーみたいな扱い受けてない?」

 そのものずばりだろう、と思いながら聞こえないふりをする。

「歌子さん。……無視すんなよ」

 最後の声はひどく低くて、わたしはぞっとした。途端に、総一郎が振り向く。わたしは総一郎の名前を呼ぶ。喧嘩になる、と思った。

 総一郎は、静かに一言、

「いい加減にしろ」

 と言った。内田は敵意丸出しの声で、「はあ?」と笑った。

「何かさあ、偉そうだよな。おれより弱いくせにさ。なあ篠原。今度試合しようぜ。おれが負かしてやったら、歌子さんもお前を諦めるだろうし」

 総一郎はつい、と顔を逸らして前を向いた。わたしもそうする。喫茶店に着いて、中に入る。内田は入ってこなかった。入り口の近くでじっと通りを眺めている。

 わたしたちは二時間ほど喫茶店にいた。外の内田は一時間ほど待っていたようだが、諦めたのかいなくなった。わたしたちはほうっとため息をついて体の力を抜いた。

「歌子も総一郎も駄目すぎ! 話しかけられたからって答えちゃ駄目でしょ」

 渚の指摘に、わたしと総一郎は顔を見合わせた。お互いに、ごめん、と目で言い合っていた。

「腹が立って……」

「わたしも」

「今度はもうやっちゃ駄目だよ。ていうか、今度があることが本当にうんざりというか……」

「ごめん」

「歌子は謝らないでよ」

 わたしたちはしばらく沈黙した。本当に、こういう日がこれからちょくちょくあるのかと思うと嫌になった。

「夏休み、もうすぐだよね」

 ぽつりとわたしがつぶやくと、二人はうなずいた。

「夏休みに入ったら、大丈夫かも」

「かもね。でも油断は禁物。終わったということではないし」

 わたしたちはため息をつき、立ち上がって店を出た。店の外に、内田はいなかった。夕方の明るい太陽が人通りの多い商店街を照らしているだけ。

 わたしは総一郎たちに送ってもらい、総一郎たちはバス停まで一緒に帰っていった。自分の部屋のベッドに飛び乗ると、本当の疲れが体全体に襲いかかってきた。

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