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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校三年生 一学期
124/156

渚の説得

 総一郎たちの地方大会が始まった。近隣の数県の学校の代表が集まって試合をするこの大会は、総一郎たちの引退試合だ。そんな大事な大会なのに、わたしは応援に駆けつけられずにいた。地元で開催されるから、行こうと思えば行ける。それが、できないのだ。

 渚が総一郎に内田のことを話してしまったのだ。つまり、内田が二度もわたしを待ち伏せていたことを。総一郎は表情こそ変えなかったが、わたしに応援に来なくていいと言った。岸や渚も賛成した。わたしが不満を言っても、わたしの身の安全のためだと三人から説得された。

 三人の言うことは確かに筋が通っている。内田は妙にわたしにこだわるし、遠慮なんてしない人間だ。何をされるかわからないというのはよくわかる。

 でも、応援に行きたかった。総一郎の引退試合なのだ。見たいし、同じ場所にいたい。

 土曜日と日曜日に、大会は開催されるのだった。わたしは土曜日を渚と一緒に家で過ごした。勉強をしたり、少女漫画を読んだりした。何にも身が入らなかった。総一郎から連絡が来ているかな、と携帯電話を何度も見たり、試合はどれくらい進んだかな、と時計を眺めたりしていた。渚は呆れたように、

「歌子、気持ちはわかる。けどもうちょっと落ち着いてよ。あたし、歌子を監視しに来たみたいじゃん」

 とため息をついた。確かに、渚の目も気になるのだった。わたしが勝手に大会の会場に行ったりしたら、がっかりするだろうなあ、と考えてしまう。絨毯の上に寝そべって少女漫画を読んでいた渚は、体を起こして伸びをした。それからわたしのベッドの上に座り、足を組んでわたしを見る。

「歌子。あたしたち三人は、歌子がうっかり者だからこんなに口を酸っぱくして行くなって言うんじゃないよ。歌子が大事だからもしものことがないように注意してるだけ」

「でも、わたしは皆に保護されるような弱い存在じゃないよ」

 わたしは上目遣いに言った。わたしはいつも三人に守られているのだった。けれど、それだけではない自分もいると感じている。渚は少し考えた。それからわたしのほうを見てこう言った。

「歌子、内田に告白されてはっきり断ったんだよね、皆の前で」

「うん」

「そういうところが、歌子のいいところでもあるし、危ういところでもある」

「危うい……」

「そう。歌子からはうまく世渡りしてやろうって気がほっとんど感じられない。まあ、あたしはそういうところがすごく好き。あたしも似たようなものだしね」

 わたしも渚のそういうところがすごく好きだ。微笑んだわたしに、渚は続ける。

「あたしは、できるだけ歌子に安全でいてもらいたい。本当に危ないところでは、うまく世渡りしてほしい。今回だって、振られても怖がられても気にしない内田をどうすればいいかわからないけど、うまく逃げてほしい。皆の前ではっきり断るのもいいけど、逆恨みされる可能性もあったわけだから、危ないよ。とにかく逃げて、安全を確保してほしい」

 わたしはしばらく考えた。それから背筋を真っ直ぐにして座りなおした。渚の目を見て答える。

「わかるよ。わかるけど……。わたしは世渡り下手だから、皆に意見されて守ってもらわなきゃいけないの? 皆の前で断ったのは、皆の前で告白されたからだし、はっきり返事をしないほうが勘違いさせると思ったからだよ。あれ以外に方法はなかったよ。それに、内田のしつこさは予想外だったから、こんな事態になったのは避けようがなかったよ」

「甘いよ」

「甘い?」

 渚は真剣な目をしていた。鋭くて、厳しい。わたしは少したじろいだ。

「恋愛絡みで思い込んじゃった人間っていうのは、すっごく怖いから。周りが見えてないから。歌子は中村先生に相談くらいするべきだった。何でも大したことないと思って自分の中で処理するの、よくない」

「でも、渚は中村先生に相談してないし、そこまでじゃないと判断したんでしょ?」

「もう言った」

「えっ」

「中村先生、『町田さんはいつもそうね』って言ってたよ。今のところ先生で情報はとまってるらしいけど」

「えーっ」

 驚きすぎて、また背中が丸くなってしまう。それから、少し渚に裏切られた気分になる。まさか、わたしに相談もせず中村先生に言ってしまうなんて。

「あたしは歌子を守るためなら万全を期して何でもやるよ」

 渚は強い視線をわたしに向けていた。わたしは少し怒っていた。でも、ありがたさも感じていた。両方の気持ちを感じながら、わたしは渚の爪先を見つめていた。形のよい爪先。サンダルで来たから裸で、爪にペディキュアもしていないきれいな足。

「……わかった。大人しくする」

 わたしはため息をついて渚の顔を見上げた。渚はほっとしたように微笑んだ。


     *


 日曜日、昼食を取ったわたしはこっそりと出かけようとした。すると、電話が鳴った。自転車で道に出たところだったので、庭に戻ってから電話を取った。

「歌子?」

「総一郎!」

 電話の相手は総一郎だった。わたしは嬉しくてにこにこ笑う。

「どうしたの? 試合は?」

「今は昼休憩。飯食べ終えたところ」

「そう。わたしもだよ」

「あのな、歌子。こっち来ようとしてるだろ」

「えっ」

 図星だったので、思わず声が出た。電話の向こうの総一郎は、深いため息をつく。

「やっぱりな。雨宮が『多分歌子がそっちに行く』ってメールしたから、慌てて電話したんだ」

「どうしてわかったんだろう……」

「さあな。多分親友の勘とかそういうやつじゃないか? とにかく来ないように」

「どうして?」

「この間説明しただろ? 内田が歌子にしつこくしてるからだよ」

「でも、わたし……」

「歌子。内田、おれのことをいつも見てる。常に睨みつけてる。視線をいつも感じてる。おれは敵視されてるだけだからいいけど、内田は歌子をこういう風にいつも見てて、話しかけたりするんだなと思うと怖くなる。何かしでかすんじゃないかと思ってしまう。だから、内田がいるところには近づかないでほしいんだ」

 わたしは黙る。

「おれも、雨宮も、岸も、内田が歌子に何かするんじゃないかと思うと怖い」

 怖い、なんて、総一郎は滅多に言わない。それは強い力でわたしの中に響いた。

「だから、とにかく自分の身を守ってほしい」

「……わかった」

 総一郎が電話の向こうでほっとしたのが伝わってきた。わたしは心を込めてこう言った。

「ごめんね。皆の気持ちを無駄にするところだった」

「いいよ」

 総一郎は笑った。いつも変わらない優しい声。

「試合、頑張ってね」

「うん」

 じゃあ、と言い合って、電話を切った。それからわたしはのろのろと自転車をサンルーフの下に移動して、家に戻った。

 自分のことを想っている人の気持ちを踏みにじってまで自分の意志を通すのは、大人のすることではないと思った。わたしはまだ大人ではないけれど、大人になるべきだ。それに、本当に気をつけたほうがいいと思い始めた。むしろ、内田が総一郎に何かしないかがとても心配なのだった。

 明日は月曜日だ。試合の結果も、総一郎たちの様子も、全部わかるだろう。それまでちゃんと大人しくしようと思った。

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