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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校三年生 一学期
122/156

県大会終了

 もうすぐ試合が始まるのに、総一郎がいない。昼休みが終わる前に別れてから、総一郎を見かけなかった。岸や他の剣道部の生徒が総一郎を探しに出た。わたしはギャラリーにいたのだが、慌てて彼を探しに一階に降りた。

 更衣室前、自動販売機の周りなど、いそうな場所にはいなくて、焦った。せっかくの試合に出られないなんて、大変だ。もしかして、とさっきの中庭に行ってみた。総一郎は、いた。驚いたことに、誰かと揉み合っていた。喧嘩だ、と焦って、思わず飛び込む。総一郎は一方的に胸ぐらを掴まれていたらしい。わたしが総一郎の体に抱きついて引っ張ると、相手は急に手を離した。見たら、内田だった。びっくりする。どうしてわたしや総一郎にこれほどに執着するのだろう。それに、総一郎にこれほどに怒って軽蔑する理由が、わたしにはわからなかった。

「じゃあな、篠原先輩」

 内田は吐き捨てるように言って去っていった。総一郎は黙っている。わたしは心配になって質問を浴びせる。

「大丈夫? 怪我してない? 痛くない?」

「大丈夫」

 総一郎はかすかに笑った。剣道着の胸元がはだけていたので、ぎゅっと直す。

「殴られたりしたわけじゃないんだよ。大丈夫」

 総一郎はわたしを見て笑った。わたしは心配しながらも一緒に歩きだした。

「何なの? あの人。わたしたちにつきまとうのは何でなの?」

「つきまとう理由はよくわからない」

 玄関に入って、総一郎の仲間の一人が「篠原、早く!」と声をかけてきた。

「でも、内田はおれの中学時代の後輩だったよ」

 総一郎は会場に入る直前に、ぽつりと言った。


     *


 総一郎は勝ち続けた。わたしは興奮して何度も歓声を上げそうになった。先に試合をした仲間が負けてしまっても、総一郎が勝つと勢いがついた。必ず勝って、チームも勝った。総一郎の動きは滑らかで、その上相手の竹刀の動きを決して見逃さない。相手に向かっていくときはすごいかけ声を上げて別人みたいだ。

 決勝リーグに進み、他の三校と当たることになった。二校には何とか勝ち、最後の一校とぶつかる。周りの会話を聞いていると、こちらも決勝リーグで全勝しているようだった。今まで副将をしてきたらしい生徒が特に強く、前日個人戦で優勝しているらしい。相手のチームを見ると、内田がいてびっくりした。しかも、周りの会話をよく聞くと、内田こそが個人戦の優勝者なのだという。

 試合が始まった。先鋒は苦戦した結果負けて、次鋒もまた負けた。かなり強い学校のようだ。総一郎はまたもや中堅で、苦戦しながらも相手に競り勝った。わたしは内田を見ていた。防具を被っていない顔は、総一郎をじっとにらんで視線を動かさなかった。総一郎が勝った瞬間、唇の端を上げてあざけるように笑ったのが見えた。

 副将同士の試合が始まった。驚いたことに、岸は圧されていた。内田は大きな体に似合わず素早く動き、岸の竹刀を容易に捉えることができるようだった。岸のゆったりした動きに余裕がなくなっていく。何度竹刀を振っても受けとめられてしまうのだ。そして、彼は面を打たれた。試合はその直後に終わった。

 先鋒、次鋒が負け、中堅が勝っただけなので、団体戦はこれで終わりだった。礼を済ませ、岸が防具を脱ぐ。見たことのない悔しそうな顔をしていた。わたしは胸がぎゅっと痛くなるのを感じた。

 結局、優勝したのは内田の学校で、うちの学校は準優勝だった。すごい結果だとは思うけれど、総一郎たちは悔しさが収まらないらしく、泣いている人もいた。準優勝ということは、地方大会には行ける。総一郎たちの夢はまだ終わっていない。でも、全国大会に行けるのは優勝チームだけなのだ。個人戦も、準優勝までしか行けない。わたしは言葉なく総一郎たちを見ていた。岸が仲間に謝りながら泣き出したのを見てしまって、わたしは慌てて目を逸らした。

 総一郎たち男子剣道部の県大会は、終わった。何だかとても熱い塊を呑まされた気分だ。残り火がわたしに移ったような気分でもあるし、とても寂しい気持ちが伝染しているような気がした。

 閉会式が済んで、わたしは制服に着替えた総一郎たちと合流した。剣道部を乗せるためのバスはまだ準備が整っていないらしく、わたしたちはゆっくり過ごしていた。

 岸はすっかり明るさを取り戻していた。にこにこ笑って、こんなことを言う。

「内田の奴、強くなったよ。昔はこんなちっちゃかったのに」

 彼の手で示された高さは、わたしより少し小さいくらい。内田は小柄だったらしい。

「内田って、強いことは知ってたけどまさか同じ中学の剣道部だったなんてなあ」

 総一郎が考える顔でつぶやいた。岸が驚いて彼を見る。

「えっ。内田のこと覚えてないの? 篠原先輩篠原先輩っていつも言ってたよ」

「関わったことがあまりなかったから」

 総一郎は唇を噛む。

「おれは親しみやすかったらしくて、結構話したよ。篠原のファンみたいだった」

「そっか」

 わたしと総一郎は顔を見合わせた。わたしには、内田の存在がますます奇妙なもののように感じられ出した。

「もしかして……」

 総一郎が声を上げたそのときだった。

「歌子さん!」

 名前を呼ばれたので振り向くと、内田がいた。総一郎の顔が凍りつく。

「おれ、あんたのこと好き。つき合ってよ」

 わたしはびっくりした。どうして総一郎の目の前で? 他にもたくさん剣道部がいるし、内田の学校の関係者もいるのに。わたしはわれに返ると、頭を下げた。

「ごめんなさい。わたしはあなたのことが好きじゃない」

 呆然としている内田の前で、わたしは歩きだした。二、三歩歩いてから総一郎のほうを見る。

「総一郎たちはバスだよね」

「うん……」

 総一郎は戸惑いがちにうなずく。岸はぽかんとしている。

「わたしも家に帰る。じゃあね」

「気をつけてな」

 総一郎の言葉に笑顔で応じてから、わたしは歩きだした。内田もバスで帰るだろうから、つきまとわれることはないだろう。

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