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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校三年生 一学期
120/156

総一郎の県大会

「おれ、今度の剣道の県大会で、個人戦のメンバーに選ばれなかったんだ」

 総一郎が、少し寂しそうな顔でわたしに言った。わたしは驚きの余り言葉が出ず、またかけていい言葉が見あたらなかったので黙っていた。総一郎は中学時代、二年生から個人戦の代表に選ばれていたのだ。高校時代の半分を剣道部で過ごせなかったとはいえ、とても残念なことだろうと思う。県大会の個人戦では、各学校から選ばれるのは二人だけだ。主将の松井君と、岸が選ばれたらしい。剣道の上ではライバルの岸だけが選ばれたのは、きっと総一郎にとっては悔しいことだ。

 昼休み、昼食を終えてから、二人だけテラスで話をしていた。多分、教室では岸が渚に個人戦に選ばれたことを話しているだろう。切ないなあ、と思う。

「ま、おれは放課後の練習に出てないしね。力がまだ足りないんだ。団体戦のメンバーには選ばれたから、それはすごく嬉しい」

 総一郎がわたしを見下ろして微笑んだ。わたしはぱっと嬉しい気分になり、にっこり笑った。

「すごい! 団体戦には選ばれたんだ。毎朝頑張って早起きしたかいがあったね」

 総一郎は笑う。

「早起きね。それは大したことない。夜には公園で素振りしてたしね」

「えっ、そうなの?」

「一回通報されて職務質問された」

「えーっ」

「それ以降は理解が得られて、静かにやるならいいってことになって、毎日続けてる。昨日もやったよ」

 わたしは大笑いした。総一郎も楽しそうに笑う。よかった。個人戦に選ばれなかったことは諦めがついているようだ。

「じゃあ、総一郎の腕の筋肉って今どうなってるの? ちょっと触らせて」

 二の腕に手を伸ばそうとすると、身を翻された。びっくりして彼の顔を見上げると、総一郎は申し訳なさそうにこう言った。

「ごめん。試合で勝ちたいから、煩悩を断って集中力を高めたいと思ってて。だから歌子に触れるのは厳禁ってことにしてるんだ」

「……わたしって総一郎の煩悩の源なの?」

 わたしが疑問に思って訊くと、総一郎は赤くなって笑った。

「そういうことではないけど、とにかく……厳禁。団体戦の試合は十日後だから、それ以降なら……」

「抱きついたりキスしたりしていい?」

 わたしがにっこり笑って訊くと、総一郎はますます赤くなった。

「いいけど……。ああ、何か逆効果だな」

 がっくりと頭を垂れる。わたしは何だか面白くて笑ってしまった。剣道の県大会か。総一郎にとっては初めての高校での大きな大会。もしかしたら引退試合になるかもしれない。どうなるか、とても楽しみだ。


     *


「やったね。岸、三位だって」

「そうらしいねー」

「総一郎のライバルだもん。そのくらいやってもらわないと困る」

「何それ」

 渚が呆れたように笑った。わたしたちは二人で購買部前のテーブルに就いておしゃべりを楽しんでいた。今日から総一郎たちの県大会が始まった。男女の個人戦も今日結果が決まった。授業が終わって携帯電話を見たら、総一郎と岸からそれぞれ岸の個人戦の結果を知らせるメールが届いていたのだ。岸は個人戦で三位。主将の松井君は五位だったらしいので、男子剣道部最高の成績だ。

 今日の学校は主要な運動部の生徒がいなくなって、寂しい雰囲気だった。剣道部だけでなく様々な運動部が県大会に行き、試合をするのだ。拓人も試合のため、いなかった。四組の光もいない。部活をやっていると忙しいなあ、と思う。

「総一郎は明日団体戦なんだっけ。頑張ってほしいよね」

「うん。明日は土曜日だから、しっかり応援しないと」

 渚は頬杖をついたまま微笑み、次に寂しそうな顔になった。

「あたしも行きたいけどねー」

「え、行かないの?」

 こっくりとうなずく。

「だってさ、あんまり護のために試合の応援頑張ったり誕生日プレゼントあげたりするのもねー。期待させちゃうし」

 誕生日にはお菓子あげたんだけどね、とつぶやく。どうやらそのときから、岸が渚に期待しているように見えるらしい。それは少しわかる。総一郎たちと四人でいるときも、岸は渚の横にいることが増えた。渚のことが好きだというのが丸わかりの態度も増えた。

「あたしは護のこと、好きにはならない。だから行かない」

「そっか」

「団体戦の結果は、すぐ教えてよね。楽しみではあるんだから」

 渚は微笑んだ。わたしは笑みを返し、明日のことを考えた。

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