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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校二年生 三学期
110/156

王先輩と総一郎と少女漫画

 片桐さんのために色々思い悩みながら、総一郎のクラスに向かう。あれから丸一日考え込み、答えはまだ出なかった。総一郎のクラスに入ると、王先輩がいた。足がとまった。踏み込むべきか、悩んだ。王先輩は当然ながら総一郎の席の隣に座って彼と笑って話をし、総一郎も迷惑そうな顔などしていない。離れた席から渚がじっとりとした目で二人を見ていたが、わたしに気づくと手招きをした。なので勇気を出して教室に入ると、総一郎と王先輩が話すのをやめてこちらを見た。総一郎の顔に緊張が走ったのに気づく。いいのだ。わたしは総一郎の恋人なのだから、不安になることなどない。そう考えても、少し胸がざわめく。

「町田さん、久しぶりだね」

 王先輩がわたしに声をかけた。わたしは微笑んでうなずく。ある程度は自然だ。以前のように劣等感を感じたりはしない。

「二人で何の話をしてたんですか?」

 仕方なく会話に加わる。加わらずに渚のほうに行ったら、恋人失格だと感じたからだ。戦わずに無条件で恋人を明け渡すのは格好がつかない。それに、明け渡す理由がない。先輩は微笑んで、

「進路の話」

 と言った。

「へえ」

 わたしが相槌を打つと、会話は終わった。どうやら王先輩はわたしに自分の進路について話す気はないらしい。先輩は微笑んだ。でも、前に先輩に感じたように、完璧な自信は感じられなかった。

「ねえ、町田さん」

「何ですか?」

「ちょっとソウを借りていい? 話があるんだ」

 どきっとした。総一郎はわたしと王先輩の顔を交互に見て戸惑っている。わたしは総一郎の顔を見て、こう言った。

「総一郎が行きたいんなら、いいんじゃないですか」

「自信満々だね」

 王先輩の言葉に、わたしはきょとんとする。以前先輩に対してわたしが思っていたことを言われて、虚を突かれたのだ。先輩は余裕を表すためか笑い、

「ソウ、どう?」

 と総一郎を見る。彼は表情を消して、

「……行きます」

 と立ち上がった。椅子が引かれて床で引きずられる耳障りな音がした。総一郎と王先輩は教室を出て、廊下を歩いていった。多分、どこか人気のないところに行くのだろう。そして、王先輩の話というのは愛の告白を意味するのだろう。わかっていた。わかっていて、とめなかった。

「ちょっと、歌子」

 二人がいなくなった教室の出入り口を見つめながら立ち尽くすわたしに、渚が近寄ってきた。

「何であんなこと許しちゃうの? 王先輩、告白するよ」

「うん」

「うん、じゃないよ。もっと強く主張しなきゃ。『わたしのです!』って」

「わたしのじゃないもん。総一郎は総一郎のもの」

 渚が呆れたようにわたしを見る。確かに、わたしが言っていることは理性的すぎた。理屈っぽくもあった。好きな人を独占しようとしない態度は、気持ちの不足と取られても仕方がなかった。でも、わたしはあまり怖くなかったのだ。総一郎のことがとても好きで、総一郎もわたしのことが大好きで、それがわかっているから平気だった。

 渚と共に、黙って教室で待つ。人気のない教室は、薄暗く、ひどく寒い。渚は気を揉んで窓の外をにらみつけている。総一郎たちはそこにいないのだけれど。それからわたしを見て、心配そうな目をする。

 三十分もすると、総一郎が一人で戻ってきた。表情からは何も読み取れない。わたしは立ち上がってかけ寄り、微笑みかけた。総一郎も笑った。

 総一郎は王先輩がどんな話をしたか言わなかった。自分がどんなことを言ったのかも。わたしはそれでも訊いたりせず、総一郎に甘えるように話しかけ続けた。総一郎はいつもの態度に戻ってそれに返事をする。渚がやってきた。総一郎の前に立ち、尋問するようにこう言い放った。

「単刀直入に訊く。総一郎。王先輩に告白された?」

 総一郎は目を丸くして彼女を見ていた。彼はうなずく。無表情に、ゆっくりと。

「歌子を選んだよね。きっぱりと」

「そりゃそうだろ」

「他に何か話した?」

 総一郎は黙り、わたしを見下ろした。それから渚を見た。

「雨宮に話すようなことじゃない」

「何それ。あたしは……」

 総一郎に突っかかろうとする渚を、わたしは二人の間に割り込んでとめた。

「いいよ。わたしは総一郎がわたしを選んでくれたってだけで充分」

 渚が唇を尖らせる。わたしは微笑み、総一郎を見上げた。総一郎は上の空のような顔をしていた。わたしの視線に気づいた彼は、わたしを見てうろたえた。その態度を見て、わたしの不安は再び大きくなった。


     *


 総一郎はわたしのことをどれくらい好きだろう、と考える。本当に好きだと言ってくれた。でもそれ以上の言葉はないし、キス以上の行為もない。そんなものは気持ちがなくてもできるものだと思う。でも、短絡的なわたしは、頭で理解していてもわかっていなかった。もっと強い言葉や行為に向かえばいいのだろうか? でも、総一郎は言ってくれないし、関係を進めるのを拒んでいる。渚は総一郎がわたしを大切にしているという。一旦は納得したけれど、また疑問に思い始めた。大切にするのは程々にして、降るようなたくさんの強い言葉がほしい。行動で示してほしい。何だか、足りない。だからこんなに王先輩が気になるのだ。

 しばらくぼんやりしてから、本棚の少女漫画を手に取る。暖房の効いた自分の部屋で、ベッドに寄りかかって読む。少女漫画のヒーローは、ヒロインがほしい言葉をたくさん投げかける。女の子の扱いに長けていて、悲しいときは抱きしめてくれる。いいなあ、と思った。それから、はっとする。

 わたしは少女漫画を読むとき、以前は主人公の心情が面白くて読んでいたのだった。ヒーローなんておまけにすぎなかった。それなのに、今は完全に二人の関係に感情移入している。つまり、わたしは恋愛しているから感情移入できるのだ。変わったな、と自分で思う。

 自己完結していた過去の自分に戻りたいとは思わない。わたしは総一郎の態度に一喜一憂する自分でいたい。けれど、総一郎はもっと少女漫画的なヒーローであってもいいと思う。足りないのだ。圧倒的に足りない。

 わたしが行動を起こすべきなのだ。そして、総一郎からもっと色々なものを引き出すのだ。そうしよう。わたしは無意味に立ち上がった。それから総一郎にメールを打つ。

「大好きだよ」

 と書いて送信する。しばらく待つと、思ったより早くこういう返事が来た。

「いきなり、何?」

 足りない、と思った。全く、足りない。

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