拓人と片桐さん
月曜日には、拓人と片桐さんはすっかり元通りになっていた。微笑み合いながら廊下を歩くのにばったり会い、二人はわたしに笑いかけてから行ってしまった。片桐さんはとても幸せそうだった。
「ちょっと、歌子。何かやった?」
一緒にいた渚が訊いた。わたしはとぼける。渚は唇を尖らせてわたしを見る。
「歌子が浅井に余計なお節介をして、妙な恨み買ったり恋心を燃え上がらせたりするのを心配してたの。全く。あたしの心配を多少は気にしてよね」
「ごめんごめん。でも、拓人はもう、わたしのこと全然恋愛対象として見てないよ。この間、わかった。わたしたちは、もうただの幼なじみ。助け合うことがあっても、お互いを強く想ったりはしないと思う」
わたしの言葉を、渚が不思議そうに聞く。それからこう言う。
「歌子、何だか大人の女。かっこいいよ」
渚の笑みを、わたしはくすぐったいような気持ちで見た。
二組の教室に入ると、総一郎がいた。こちらを見て歯を見せて笑う。わたしは総一郎の前の席に滑り込むと、彼に顔を向けてこう言った。
「拓人、片桐さんと仲直りしてたよ」
「ふうん」
総一郎はどうでもよさそうな顔だ。
「拓人のこと、嫌い?」
「別に」
総一郎は目を泳がせて答えた。この反応は、少なくともよくは思っていないということだな、とわかった。
「大丈夫。わたしはずうっと総一郎と一緒だよ」
わたしが微笑むと、総一郎はかすかに笑って、
「また堂々と言ってくれるな」
と少し赤くなる。渚はくすくす笑っている。わたしは何だか拓人たちの幸せを分けてもらったような気持ちで、総一郎の顔をじっと見つめて笑った。校庭から運動部のかけ声が聞こえてくる。教室には何人か生徒がいて、それでもわたしは平気だった。好きな人に好きだという気持ちを真っ直ぐに伝えることに、何の問題があるだろう。
夜、拓人から電話があった。自室のベッドの上に座り直して出ると、挨拶の直後にこう言われた。
「髪切ってよかったー」
「髪を切ったお陰なんだ」
「気分的に追いつめられてよかったよ」
「切ったのに何もしないのはまずい、みたいな?」
「そうそう。格好悪いもんな。上田さんの美容室に行けなくなる」
「そうだね」
「静香がさ、何で町田さんの思うままに動くんだっておれに怒るんだ。おれが静香と元に戻りたがるのも、歌子の影響だと思ってさ」
「それで、どうした?」
「歌子から聞いたこと、話した。全部。謝った。プライドをかなぐり捨てて謝った」
「そしたら?」
「拓人君のせいじゃないって言われた」
「ほら」
「で、好きだって言った」
「へえ!」
「言ったの、初めてかも」
「片桐さんは?」
「泣いてた。よっぽど嬉しかったらしいから」
「だから片桐さん、前より幸せそうだったんだ」
「そう思う?」
「うん」
「よかった。歌子のお節介のお陰」
「えっへん」
「一歩間違えば本当のお節介だからな。えっへんじゃないぞ」
「うん、わかってる」
「じゃ、ありがとう」
「うん。じゃあね」
電話が切れた。携帯電話を持ったまま、わたしはずっと微笑んでいた。大好きな人に「好きだ」と言われるのは、とても素晴らしいことだ。わたしももっと総一郎に言いたい、と思った。
進路のことは、まだ考えないでおこう。