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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校二年生 三学期
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進路の悩み

 学年末試験の時期がやって来た。わたしはそれなりに頑張ったつもりだけれど、やはり理数系教科の成績が芳しくない。翌日から返却される解答用紙の点数を眺めながら、ため息をつく。総一郎はやっぱり一位なんだろうなあ、と思う。そしてそのままT大に入って、わたしとは別れ別れになるつもりなのだ。拓人には末永くやっていくと言ったけれど、総一郎のほうはそのつもりがないのだろうか。胸がきりきり痛む。それに、わたしの目標はまだ決まっていなかった。

「総一郎、あたし、数学九十八点だったよ」

「あっそう。おれは九十九点だった」

「へーえ。まあ物理は満点だったけどね」

「そう」

「あっ、その反応は満点未満だな! よっしゃ、あたしの勝ち」

「古典の点数言ってみな」

「……八十六点」

「おれは九十七点だったなあ、確か」

「あっそうあっそう。でもまだ返ってきてない教科があるもんね。あたしが一位になる未来が見えてきた」

 総一郎が息を漏らして笑った。試験期間の毎度のやりとりで、総一郎と渚が点数を競い合うのは見慣れた光景だ。二組の教室の真ん中で、二人は目立っていた。わたしと岸は苦笑いをしながらそれを聞いている。

 総一郎の学力はますます上がっているらしい。十月に受けた難易度の高い全国模試でも、上位を獲得したのだという。T大を目指しているのだから当然だろうとは思うのだけれど、寂しくなる。

 わたしは総一郎にくっついて東京に行って、総一郎とずっと一緒にいたいとばかり思っていた。自分でも幼稚だと思う。けれど、どうにかして東京に出たい。離れたくなかった。でも、それは誰も賛成してくれない、未熟で説得力のない理由だった。

「歌子、元気ないね」

 渚がわたしに笑いかける。わたしはうなずく。

「来年の今頃には、皆ばらばらになっちゃうんだね」

 渚はきょとんとする。岸もだ。総一郎だけが心配そうにこちらを見る。

「寂しいなあって思ってさ」

「そりゃあ寂しいけどさ、それぞれ別の道を行くのは当然じゃん。絶交するわけじゃないんだから、そんなに深刻に考えなくてもいいよ」

 渚がからからと笑う。そうは言っても、わたしは渚と別れるのも寂しいのだけれど。

「あと一年もあるんじゃん。そういう顔しないで、楽しくやってこうよ」

 渚がにっこり笑った。わたしはかすかに笑みを作った。取り残されている気が、少しした。


     *


 父が帰ってきたので、母と三人で夕食を取った。今夜は鍋だ。湯気が立ち上る鍋を囲んで、三人で談笑する。

「お父さん、わたし、どこの大学に行こうか迷ってて」

 父はわたしのために肉をどんどんつまんでわたしの皿に放り込んでいるところだった。

「ほら、もっと肉を食べろ。歌子は痩せすぎなんだから」

「聞いてる? 進路の話」

 父は自分の椅子に座り直し、わたしは皿に入った肉をちびちび食べ始めた。父はきょとんとした顔で、

「歌子は地元のS大学に入るんだろ?」

 と言った。母が黙って鍋の具材を足している。わたしはその決定事項のような言い方に少し苛立った。

「お父さんが決めたからって、わたしが行くとは限らないよ」

「なーに言ってんだ。歌子が決めたんだぞ。高校の入学式の日、通学が楽そうだからS大にするって言ってたじゃないか」

 それなら確かに覚えがある。わたしは高校の通学が楽なのに喜んで、大学も家からすぐに行けるS大学にすると言ったのだ。けれど、その思いつきの言葉が確約のように扱われるのは納得がいかない。

「でも、わたしは別の大学も目指したいなって」

「県外は駄目だぞ」

 父の大きな声に、わたしはどきっとした。見透かされた、と思ったのだ。

「県外だとお父さんたちの負担が増えるだろう。一人暮らしのお金とか、仕送りとか」

「奨学金とかバイトとか……」

「日本の奨学金は要するに借金だ。働き始めの薄給のころに返すのはきついんだぞ。バイトだって、学業をおろそかにすることになったら本末転倒だしな」

「でも、わたし……」

「歌子は女の子なんだ。難しい資格とか出世とか、お父さんたちは望んでないんだよ」

 わたしはしゅんとなって自分の皿を見つめた。自分で取った春菊や豆腐の上に、父が入れた牛肉がどっさり乗っている。食べきれないような気がしてきた。

 ふと母を見る、母はわたしをじっと心配そうに見つめ、わたしは何だか申し訳ないような気持ちになった。

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