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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校二年生 三学期
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片桐さんの話

 昼休み、渚と一緒に購買部に行くと、片桐さんが一人でぼんやりテラスに立っていた。息が白いくらい寒いのに、何をやっているのだろう。何気なく見ていると、片桐さんが小さくくしゃみをした。わたしは渚を残してテラスに出た。

「片桐さん、風邪引くよ」

 わたしが声をかけると、片桐さんは弾かれたように振り向いた。それから警戒するようにこちらを見て、また手すりに寄りかかった。

「いいよね。町田さんは篠原君と仲直りできたんだもん」

 片桐さんはこちらを見ずに言った。わたしはあのころの噂を思い出し、またわたしが拓人に抱きしめられた事実を思い浮かべて狼狽した。そんなわたしをよそに、片桐さんは続ける。

「わたしは拓人君と仲直りなんてできないよ。もう、自信ないから」

「自信?」

 拓人が言っていたことを思い出した。彼女はいつも不安がっていたと、彼は言っていた。

「毎日毎日メールが届いて、『あんたは浅井君にふさわしくない』『浅井君は町田歌子のことが好きで、あんたはただの間に合わせの恋人だ』って言われるの。アドレスを変えても、ずっと。だから本当にふさわしくない気がしてくるし、拓人君は町田さんのことが好きだって思うの」

 まあ、事実だよね、と片桐さんはふっと笑う。

「ずっと耐えてたよ。だって拓人君のこと好きなんだもん。彼女になれたんなら拓人君に嫌われるまで離れない。そう思ってた。でも、限界が来た。メールの数はどんどん増えて行くし、言葉も酷くなる。アドレス、変えたのに。友達にしか、教えてないのに。友達のこと、信頼してるんだけど」

 片桐さんは長いため息をついた。あくまでわたしの顔は見ない。白い横顔をわたしに向けるだけの彼女は、酷く疲れているように思えた。わたしは思わずこう言っていた。

「片桐さん、わたしもメール、もらってたよ」

 彼女はぱっとわたしを見た。疑わしそうな目。

「そう」

 また顔を戻す。

「町田さんのこと、少し疑ってたんだけどやっぱり違うよね」

「誰からもらってたの? 見せてくれない? アドレス」

 わたしの言葉に、片桐さんは驚いたような顔をした。

「どうして? そんなの関係ないよ。もう来なくなったから」

 拓人君と別れてから、と続ける。わたしはどうしても知りたくて、もう一度頼んだ。

「わたしは、知りたい。わたしのことを憎んで、消したいって思ってる人のこと」

 片桐さんはしばらく渋ったあと、携帯電話を取り出した。画面をいじってから、わたしに差し出す。

「これが一番最後の」

 画面には、「浅井君と別れてくれたんだね! ありがとう!」という文字と、嘲笑を表す記号が無限に思えるくらい並んでいた。

「酷い」

「でしょう?」

 片桐さんはかすかに笑った。

「わたし、これを読んで死にたくなったもん」

 わたしは彼女の痛々しい笑顔を見て、携帯電話をもう一度見た。アドレスが表示されていた。わたしはそれに見覚えがあった。背筋が寒くなった。携帯電話を返し、わたしは片桐さんに言った。

「片桐さんは、拓人にふさわしいと思うよ。かわいくて辛抱強くて、拓人のことが本当に好きで。メールが来なくなれば、きっと自信が持てると思う。だから、元気を出して」

 片桐さんは、無表情にそれを聞いていた。しばらく黙ったあと、少し顔を歪めて泣き顔になり、「ありがとう」と言った。

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