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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校二年生 三学期
101/156

総一郎と王先輩と渚とレイカ

 総一郎と一緒に廊下を歩いていた。つかず離れずの距離で。わたしは総一郎にべたべたしなくなった。何となく、自信がついていた。総一郎の恋人である自信。そんなことをして反応を試さなくても、わたしは総一郎に好かれていると確信できていた。それは以前なら感じなかったことだ。

 わたしはひょこひょこと右足をかばいながら歩いた。総一郎はわたしのペースに合わせてくれる。彼の横顔を見て、彼に見られているのを感じて、時々顔を見合わせて、話をする。笑った顔がお互い自然だと思う。何となく、互いに馴染んできた感じがする。

「あ」

 総一郎が声を上げたので、わたしは彼の視線の先を見た。王先輩が購買部の前にいて、こちらを見ていた。強ばった表情に、どきっとする。この間はわたしがああいう顔をしていたと思ったから。

「ケイカ先輩、修学旅行から戻りました」

 総一郎は笑顔で報告する。王先輩は微笑み、私たちが購買部前にたどり着くのを待っていた。

「ふうん。仲直りしたんだ」

 彼女は余裕を保とうと必死に見えた。笑みを浮かべ、手を後ろ手に組んでいる。ただ声に張りがない。かすれているような気がした。

「はい」

 総一郎は笑っている。この間の続きのように。王先輩は笑みを保ったままで声を震わせた。

「わたし、修学旅行前に言いかけてたんだけど」

「何ですか?」

「仲直り、しないでほしかった」

 言いながら、王先輩は総一郎の横をすり抜けていった。総一郎がその後ろ姿をじっと見つめている。わたしはざわついた気分で彼のことを見ていた。

「総一郎、王先輩のこと、どう思ってる?」

 わたしが訊くと、総一郎はわたしに顔を向けて笑い、

「優しい先輩だと思ってるよ」

 と言った。その一言で全てに決着がついてしまった。彼はわたしを選んだし、王先輩を選ばなかったのだ。


     *


 放課後、わたしのクラスで渚と話す。渚は総一郎の話を聞いて「恐ろしい奴」とつぶやいた。わたしの机に頬杖をつき、わたしをじっと見る。

「ま、あんだけくっつかれたら自分のことを好きだって気づくよね。でも最後まで気づかないふりをするというのも恐ろしいね。最終的に歌子一筋だってわかってよかったけどさ」

「王先輩がくっついてたんだ」

「岸によると、歌子と総一郎が仲違いしたころから、王先輩が総一郎の周りにいる頻度がぐっと上がったらしいよ。明らかに狙ってたね。あたしもよく見たもん。でも、あれだけくっつかれて優しく応対して期待させて、結果『仲直りしたの?』『はい』だもんね。恐ろしいわー」

 わたしは考え込んだ。総一郎は恐ろしくて冷徹な人間なのだろうか。わたしにはとても優しいのに。

「総一郎は、恐ろしくないよ」

 わたしが言うと、渚がにっと笑った。

「わかってるよ。あたしも総一郎のこといい奴だと思うし。ちゃんと考えて対応してたんだと思うよ」

「そっか」

「そうだよー」

 渚はにこにこ笑った。わたしもそうだと思う。総一郎は、優しいわたしの恋人だ。

 わたしと渚は、教室を出ようと立ち上がって歩きだそうとしていた。わたしは足をかばいながら。渚はわたしにつき合ってゆっくり歩く。渚が教室を出て、わたしが続こうとしたとき、誰かがわたしにぶつかった。わたしは怪我をした足首に痛みが鋭く走るのを感じた。軽くよろけ、そのまま固まる。見上げると、ぶつかった張本人のレイカはわたしを見て舌打ちをした。

「レイカ、謝れば?」

 渚が静かに言った。レイカは聞こえないふりをして教室に入る。

「謝ればって言ったよね」

 渚はレイカの腕を掴んで少し声を大きくした。レイカは逃れようと腕を引っ張り、それができないとわかると「離せよ」と声を荒らげた。

「あんた、怪我人にぶつかっといてそんな態度取るわけ? 最低じゃん、人間として」

 渚の声が段々冷たくなっていく。わたしは渚の怒りは冷静に聞こえるほど強くなってくるということを理解していた。レイカが悪いのはわかっていたが、渚が怒っているのはわたしのためなので、わたしははらはらしながら見ていた。

「あっそ。変人同士、仲良くしてれば? わたしは普通の人間としてあんたたちに関わらないように生きていくから」

 そう言い捨てて逃げようとするレイカを、渚がぐいっと引っ張って引き寄せ、顔を叩こうとした。わたしは思わず「渚、駄目!」と叫ぶ。渚は手をぴたりととめ、わたしを見る。レイカはわたしと渚を交互に見てもがく。それでも渚は手を離さない。渚がわたしに向かって言った。

「歌子。レイカが謝るまであたしは手を離さないから」

 声はあくまでも冷たい。わたしは痛む足首のことを考えないようにしながら二人のほうに一歩進み、渚の手をレイカの腕からほどいた。レイカは黙ったまま床を見ている。

「レイカ、渚とわたしに謝って。変人って言ったこと」

 わたしが言うと、レイカは顔を上げた。わたしをにらみつけている。

「何で……」

「わたしにも誇りはあるんだよ。それに渚はわたしの大事な友達だから、そんなこと言われるのは許せない」

 レイカはわたしの前から逃げ出した。そして、黙ったまま教室にある荷物を取りに行き、ばたばた音を立てながら別の出口から出ていった。渚が大きくため息をついた。

「はー、苛々する。結局謝らないし」

「……渚、暴力はよくない」

 わたしが言うと、渚は「まあね」と眉を上げた。

「キレちゃった。ごめん」

「渚は声が落ち着くほど行動がエスカレートするからどきどきするよー」

「そうだね。歌子、あたしをよく見てる」

「わたしのためだっていうのはわかってるけどさー」

「というかさ、ありがとう。あたしのために怒ってくれたんだね。歌子が怒るなんて、珍しー」

 渚が笑う。わたしは考えごとをしながら渚と一緒に歩きだした。さっき痛めた足首はまだ痛い。歩みはゆっくりになる。渚も総一郎のことを言えないな、と思う。他人から見たら結構怖いだろう。でも、わたしは渚がわたしのために熱くなってくれたのはわかっているので、こう言った。

「渚。怒ってくれてありがとう」

「ん、いいよ。次からは暴力抜きで歌子を守るから、安心して」

 言おうとしていたことを先回りされてしまった。わたしは「歌子を守る」の一言について考え、つぶやく。

「わたしも、頼りがいのある人間にならないとね」

 隣の渚がわたしを見て、微笑む。

「大丈夫! かなり頼りがいがあるよ」

 と、わたしの背中を軽く叩いた。わたしは笑みを返し、それからゆっくりと二人で階段を降り始めた。

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