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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校二年生 三学期
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修学旅行最終日

 翌日の朝、目覚めると舞ちゃんがわたしの顔を覗き込んでいた。

「おはよう……」

 びっくりしながら挨拶をすると、舞ちゃんは開口一番、

「女子の部屋に男子を連れ込むなんて、最低!」

 と言った。驚いて起きあがると、舞ちゃんはすっかり普段着に着替えて朝の準備を済ませていた。

「昨日の夜、篠原君を部屋に入れてたでしょ。最低だよ。ここはわたしとあなたの部屋でしょ? わたしもここの部屋の主だってことを頭に入れてくれないと」

「ごめん……」

「何してたか知らないけど、本当に嫌な感じ。今日で修学旅行は終わりなんだよ。最後の日の前日に、やってくれたよね」

「本当にごめんね。でも、何もしてないから」

 キスをして抱きしめたこと以外は、という事実は伏せておく。それに、舞ちゃんにとっては部屋に男子が入ったというだけで嫌だろうから、ちゃんと謝っておこうと思った。

「そういうところがいい加減だからビッチだとか何とか言われるんだよ。わかってる?」

 顔をしかめた舞ちゃんの言葉に、違和感が起こる。けれど、もう一度わたしは謝った。

「ごめん。次は気をつける」

「次なんてないよ。修学旅行は一度きりなんだから!」

 そう言い捨て、舞ちゃんは部屋から出ていってしまった。少し傷ついたわたしは、ベッドの上に座ったまま考えを巡らせる。

「まさかね」

 そうつぶやき、ベッドから降りて朝の準備を始めた。


     *


「総一郎、おはよう」

 わたしが声をかけると、総一郎が笑った。わたしは幸せ一杯の気分で隣を歩く。朝のホームルームは終わり、それぞれの部屋に戻ってスキーウェアに着替える時間になったのだ。

「怪我してよかったなー」

 わたしがふとつぶやくと、総一郎が驚いた顔になる。

「お姫様抱っこなんて、一生に一度あるかないかって感じだし」

「何言ってるんだか」

 総一郎が呆れつつも笑っている。他の生徒たちと一緒にエレベータに乗り、二人で話し続ける。総一郎の友達が乗っていたらしく、

「あれ? より戻ったの?」

 と訊く。わたしと総一郎は顔を見合わせ、ただひたすら微笑み合っている。そんなわたしたちを、彼はぽかんと見ている。エレベータの生徒たちはわたしたちをちらちらと見、噂の更新が待たれそうだ。

 スキーをする総一郎は、とても格好がよかった。リフトから降りるとわたしに大きく手を振る。これは約束通り。頂上から勢いよく滑る。加速し、周りの人々を上手く避けながらスキー板の跡をつけていく。風になったように身軽に。何度も何度も軽くじぐざぐに降りたあと、総一郎は地面に着き、また大きく手を振った。遠目で見たけれどとても素敵だった。

 外に出たわたしがスキーウェアではなくただの厚着をした格好で総一郎を見ているのを、中村先生が引っ張ってホテルの中に入れた。中村先生は呆れたように「風邪まで引いたらどうするの」とため息をついたが、すぐに「よかったわね」と微笑んでくれた。

「歌子ー。総一郎が『おれの滑り見た?』だって」

 午前中のスキー講習後のざわめきの中で、渚がわたしに声をかけた。総一郎が「何言ってんだよ」と慌てたように言い、岸が横で大笑いする。わたしは三人の元に足を引きずりながら近寄り、

「見たよ! ほんっとうにかっこよかった!」

 と声を弾ませる。総一郎は周りを気にしてきょろきょろ周りを見渡していたが、恥ずかしそうに「ありがとう」とわたしを見て言った。渚と岸が冷やかしの声を上げる。

「あーあ、これでスキー講習も終わりか」

 渚が残念がる。彼女は総一郎や岸と違い、目の下にゴーグルの日焼け跡がない。岸が笑い、

「地元で滑れるよ」

 と渚の肩を叩く。渚をそれを見て笑い、総一郎にふと訊く。

「総一郎、楽しかった? 修学旅行」

 総一郎は笑い、わたしを見て、

「予想外に楽しかったな」

 と言った。わたしは笑みが自然と頬に浮かぶのを感じ、総一郎の目を見つめてうなずいた。わたしたちは四人で歩き出し、懐かしいけれどすでに当たり前になった自分たちの雰囲気を楽しみながらエレベータに乗った。

 昼食を取り、帰る支度を始める。舞ちゃんとは口を利くこともなく。部屋を出てから会った夏子や美登里がわたしにおめでとうを言ってくれた。

「一時期はどうなることかと思ったけど、よかった。篠原君と歌子の関係は永遠だね」

 夏子が大袈裟なことを言う。美登里はそれをあははと笑い、

「本当によかったよー。表情が全然違うもん」

 とわたしに笑いかける。わたしは思わず顔に触る。自覚はないが、確かに気分が全然違う。

「二人とも、ありがとう」

 ずっと励ましてくれた友達の大切さが、身に染みる。二人は笑い、どういたしましてと言いながら歩き出す。そこで声をかけられ、振り向くと光がいた。

「ほんっとーによかったよ。またふっくら太ってね」

「えー? わたしってそんなに太ってた?」

 わたしが言うと、光は声を上げて笑った。

「でも痛々しくない程度の肉づきにはなってきたよ」

「痛々しかったんだ」

「そう。本当に心配だったよ」

 光の言葉に、わたしは涙しそうになる。彼女には少し欠点があるけれど、いい子だなあ、と思う。わたしが総一郎と拓人とのことで変な噂を流されたときも、流されずによくしてくれた。彼女は本当にいい友達だ。

「帰りも歌子と一緒に座りたいんだけど、いいかな」

 光が目を細めて笑う。わたしはうなずき、笑った。

 光と一緒にエレベータに乗り、たくさんの生徒を乗せてエレベータのドアが閉まりそうになる。

「あーっ、待って待って、あたしも乗る!」

 スーツケースを引っ張りながらすごい勢いで走ってきた渚が、エレベータに飛び込んできた。エレベータがぎゅうぎゅうになる。荒い息をつき、落ち着くと渚はわたしににっこり笑いかけた。

「修学旅行、楽しかったね」

「怪我でほとんど何もしてないけどね」

 わたしが応じると、渚はけらけら笑った。皆がスキー講習をしているときは本当に暇で、わたしにとってはいいことばかりではなかったのは確かだ。けれど、わたしは渚に微笑みかける。

「渚、ありがとう」

「何が?」

 渚は本当に不思議そうな顔をする。わたしを助けた自覚がないらしい。

「渚のお陰でいい修学旅行になったよ」

 それを聞いて、渚はにこにこ笑う。

「それはよかった!」

 エレベータが開いた。わたしと渚と光は、スーツケースを手に携え、歩きだした。

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