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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校一年生 二学期
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雪枝さんの励まし

 雪枝さんは土曜日が休みだということで、その日に会うことにした。いつも薄暗い雪枝さんの家で会っているから変化を与えようとのことで、場所は市内の漫画喫茶に決まった。変化を感じないけれど、いいことにする。

 自転車を走らせて三十分の場所にある漫画喫茶は、わたしの生活圏から少し遠い。自宅と学校と商店街が近いため、わたしの生活範囲は狭いのだ。冷たい風を浴びながら混んだ道を行き、変化していく風景を無関心に眺める。よく見かける近くの大学の新入生と違って、わたしは近道を知っている。この辺りはわたしの庭だからだ。一軒家が立ち並ぶ住宅街が小さなアパートが立ち並ぶ道になり、空が見えないくらいの大きなビル街になると、そこが目的地だ。アーケード街の外側の駐輪場に自転車を停め、賑やかなアーケードの下の通りを歩いた。出入り口そばのファッションビルの前で、雪枝さんが手を振っていた。今日は、小ぎれいな服を着ている。眼鏡をかけていないし、化粧だってしている。きちんとした格好の雪枝さんは、きれいだ。

「歌子の私服見るの、久しぶり」

 挨拶もそこそこに、雪枝さんはわたしを頭のてっぺんから爪先まで見てそんなことを言う。

「かわいい」

 わたしは首回りが大きく出る白い薄手のセーターを着ていた。下はサーモンピンクのミニスカート。雪枝さんは茶色い細身のスカートを穿いているが、膝を見せない。この間、「二十五歳を過ぎたら膝を隠すものなの」と言っていたから、そういうことなのだと思う。

「いいなー、いいなー。若さっていいなー」

「雪枝さんも若いよ。ミニスカート穿けばいいじゃん」

 わたしが苦笑しながらそう言うと、雪枝さんはやけにゆっくりと首を振った。

「駄目駄目。膝、だるっだるだから。歌子みたいにぴしっとしてないから」

 膝にも年齢が出るということだろうか。わたしは判断がつかないので曖昧に笑い、雪枝さんの白いシャツの腕を引っ張った。

「行こう、雪枝さん。まずはコーヒーショップ」

 漫画喫茶は静かなので話がしにくいのだ。雪枝さんはわたしが握った腕を見て、にんまり笑った。

「あー、きゅんときた。歌子が彼女でわたしが彼氏みたい」

 また何か変なことを言っている。わたしが腕を組むと、雪枝さんは嬉しそうに笑いながら歩き出した。


     *


「え? 今レイカちゃんとそんな関係なの?」

 広くて清潔なコーヒーショップの椅子に向かい合って座り、雪枝さんは目を見開いていた。わたしはうなずき、うなだれた。

「しかもわたしのせいだね。ごめん」

 わたしは首を横に振る。行動を起こしたのはわたしだから、雪枝さんは悪くない。

「歌子はずっと学校で一人だったの?」

「うん。二学期からね」

「知らなかった……」

 雪枝さんは両手で頬杖をついて、ため息をついた。

「冷たそうな子だなあとは思ってたけど」

 雪枝さんは書店員で、わたしが彼女と知り合ったのは雪枝さんがいる本屋にちょくちょく行っていたからなのだ。本屋が暇な時間に少し話をして、メールアドレスを交換して友達になった。その本屋にレイカともよく行っていたから、雪枝さんはレイカを知っているのだ。

「最初から嫌いだったんならさ、何であんなにわたしと仲良くしたんだろうね」

 わたしがつぶやくと、雪枝さんは考え込み、

「女の子だからだろうね」

 と言った。

「女の子って、寂しがりじゃない。いつも誰かと一緒にいないと不安がるじゃない。歌子はその相手にぴったりだったんだよ。自分に釣り合うと思ったんだろうね。仲良くなろうと頑張ってはいたんだと思うよ。でも自分のための努力だからうまくいかなくてさ、突然放り出したくなったんだと思う」

 雪枝さんはカフェオレを一口飲んだ。

「女の子というのは自己中心的だからね」

 わたしは納得がいかなくて、口をへの字にした。

「じゃあレイカは本気でわたしに友情を感じてたわけじゃないの?」

「そうだと思うよ。歌子もそうでしょ?」

 わたしは驚いて雪枝さんを見たけれど、雪枝さんは当たり前のような顔をしていた。わたしは考え、

「そうかも」

 と答えた。わたしは今、レイカや他の女子と仲良くせずに済んでせいせいしているから。トイレも移動教室も体育のグループ分けも、いつも一緒だった。鬱陶しいと思っていたのは確かだ。

「めんどくさいよね。女子」

 雪枝さんは結った髪の間に指を突っ込み、ぼりぼり掻く。まるで雪枝さんが女子高生であるかのようなしかめ面。

「まあさ、レイカちゃんも本当は最初から歌子のこと嫌いだったわけじゃないと思うよ。関係がずれてきちゃって、徐々に、とかそういうことだと思う。それを最初からだと勘違いしてるんだよ。最初から嫌いなら入学式で歌子に話しかけた意味がわからない」

「そっか」

「夏休みに決定的なことがあったのかもしれないけど、多分歌子は悪くないよ。大丈夫。気にすることない」

 わたしはほっとして、笑みを作った。雪枝さんもにこにこ笑う。

「本当の友達はできるよ。歌子はまだ年数を生きてないから出会ってないだけ。大丈夫大丈夫」

「ありがとう。でもわたしは雪枝さんがそうだと思う」

 雪枝さんは嬉しそうに笑う。

「ありがと。でも、学校内にもできるといいよね」

 わたしはこっくりとうなずく。雪枝さんは何度かうなずく。

「話したいことはそれだけ? もっとあるんじゃない?」

 わたしはためらい、話し出した。

「拓人のことなんだけど」

 雪枝さんはうなずきながらカフェオレを飲む。

「告白されてキスされた」

 雪枝さんの動きがとまる。それからゆっくりとカップを下に起き、唇の上を濡らしたままつぶやく。

「マジ?」

「うん。最初は論外だと思って無視してたんだけど、レイカたちに泣かされたあとに慰めてくれて、拓人にもいいところがあるって思い出して、返事するって約束しちゃった」

 聞きながら、雪枝さんは唇の上のカフェオレをぺろっと舐めていた。ファンデーションが少し剥がれた。雪枝さんは腕を組んで考え込む。

「事実は小説より奇なり……」

「雪枝さん?」

「わたしが考えてたきゅんきゅんストーリーを軽く上回ってるよ。まさかキスまでするとは……」

 雪枝さんは少女漫画モードに入ったようだ。さっきと様子が違う。

「で、歌子はどうするの?」

 顔を上げて満面の笑み。わたしは苦笑いしながら、

「難しい……」

 とつぶやいた。それからわたしは拓人に対する気持ちがまだ曖昧なままであることや、拓人との関係を変えたくないことについて話した。最初は遊び半分だった雪枝さんも、笑みを引っ込め、深刻な顔になった。

「歌子。ちゃんと言わなきゃ駄目だよ。好きなら好き。好きじゃないなら好きじゃない。可哀想だからってつき合ったら、あとから後悔するから。ね?」

 わたしはうなずき、冷え切ったゆず茶をごくりと飲んだ。

「うん。できる限りそうする」

 雪枝さんは天井を見ながらため息をついた。

「思春期って大変だ」

 わたしは苦笑いしながら、

「全くだ」

 と応じた。


     *


 そのあと雪枝さんと一緒に漫画喫茶に行って、少女漫画を読んだ。少女漫画の主人公は好きな相手が必ずいて、好きだとはっきりわかっている。だから迷わない。わたしみたいな、好きな相手がいない主人公なんていない。今のところ少女漫画は参考にならない。難しいな、ともう一度思う。

 読んでいる古い漫画の中で、主人公がカミソリレターをもらっていた。わたしはふと思い出して、隣の椅子に座る雪枝さんに携帯電話の画面を見せた。

「昨日届いた怪文書第五弾」

 あのアドレスから、

「浅井拓人とつき合うな。話すな。顔を見るな。破ったら呪う」

 という文章が届いていた。

「『呪う』って、どういうことだろうね」

 わたしは笑う。雪枝さんはわたしを見て険しい表情をする。

「第五弾って……。こんなのあと四つももらってるの?」

「うん。そっちは悪口系かな。ビッチとか死ねとか」

「平気な顔なんてできないでしょ? そんなの、ひどい」

 雪枝さんがショックを受けているので、わたしはどきっとした。あ、気づいてくれた。そう思った。

 涙が滲み出した。中村先生の言うとおりだ。わたしはこのことに対して平気ではいられなかったのだ。ただ、隠していただけ。誰にも相談すべきでないと思ったから、黙っていただけ。

 黙り込んでしまったわたしを、雪枝さんは慰めた。肩を抱き、揺らす。

「歌子、着信拒否しなよ。馬鹿馬鹿しいよ、真面目にこんなメール受け取るの」

 言われた通りにしたら、すっきりした。

「この子、拓人のこと好きなのかな?」

「どうなんだろうねえ。でも、何て言うか、結構ヘビーだよね、歌子の高校生活」

「かもしれない」

「負けるなよ」

「おう」

 肩を寄せ合うわたしたちは奇異の目で見られたが、わたしはこのほうが気楽だったのでそのままでいた。

 どうにか乗り越えなきゃなあ、と思う。

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