表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
六連星の王座  作者: シトラチネ
1章 統べる星、スヴァル
4/23

§3

 どうしてなんだ、とリク――Rick Inoue、猪植陸歩兵師団上等兵はテーブルの下で拳を握っていた。

 拳銃一挺とナイフ一振りなどと、銃器保持の自由が認められているアメリア連邦においては、そこらの民間人の方が遥かに武装していると言っていい。そんな軽装備で護衛出来るとは思えなかった。

 実戦について無知らしい中央情報局員が何故、この特殊作戦部隊を指揮するのか。梶原准尉の覇気の無い話し方、俯き加減の気弱な態度に、リクの神経は嫌と言うほど逆撫でされていた。

 リクは徴兵制導入以前に入隊した志願兵だった。前線に配備されたことはないものの、それを目標に日夜厳しい訓練に励んできたのだ。

 フォートブラッグ陸軍基地への召集がかかり、更に特殊部隊への配属を命じられた瞬間には胸を躍らせた。が、その作戦内容も上官も、期待していた実践的かつ特殊技能的なものとはかけ離れていた。

 大和日本語に堪能である、それだけで選抜されたらしいのにもがっかりさせられた。

 考えてみれば試験も面接も無く特殊部隊に配属されるなど、有り得ないことだ。大和日本語も能力の一つには違いないが、リクは歩兵らしく身体的能力面において抜擢されたのであって欲しかった。

 しかし、上官の命令は絶対と身に叩き込まれている。失望も怒りも拳の中に握り潰し、Yes, Sirと答えて与えられた任務を全うするのが仕事だった。

「勿論――」

 気を鎮めようとしているリクの耳に、ソフトな声が滑り込む。

「生活の拠点となる住居には、民間仕様の防弾ベストを始めとする装備を人数分用意する。猪植上等兵が希望するであろうサブマシンガンやグレネード、暗視スコープ等も一通り揃えるそうだから、安心してもらいたい」

 発言の主、スヴァルに目を向ける。リクには王家の血筋の男の方が、まだ作戦隊長に相応しいように思えた。スヴァルには隊員達の口に出さぬ思考を拾い上げる、確かな観察眼があるらしいことを察していたからだ。

「あなたの近接戦闘力は特に秀でていると聞いている。グアヌにおける作戦行動範囲は市街地が中心で、万一の際には屋内での交戦も予想される。私はあなたの言語力と戦闘能力が、共に心強い戦力になると信じている」

 たちまちリクはスヴァルの発言に溜飲を下げる。准尉がゲホッと笑いを誤魔化すような咳払いをしたのが一瞬だけ気になったが、リクの関心はどんな武器が有効かというエキサイティングな問題へすぐ移って行った。




「テイト。アルデバラン五世が政府に反抗的だ、という点について説明を聞こうか。大和日本人との結婚は、政府が彼の反アメリア意志を察知した端緒に過ぎないわけだろう」

 今や完全に流れをリードしているスヴァルが水を向ける。

 リクは彼こそが作戦隊長であり、梶原准尉は知恵袋なのだと内心位置付けることにした。そうでもしなきゃやりきれない、と胸底で愚痴を垂れる。

「そうですね。まずは一年前のグアヌ準州知事選挙です。当時、アメリア連邦政府は今回こそアルデバラン五世に勝利しようと強力な対立候補を掲げ、大量の選挙資金を投入して臨みました」

 せめてこのですます調をである調に変えるだけでもしてくれまいか、とリクは苛立っていた。政治はリクの興味をあまり刺激しない題材だ。

 アメリア連邦は大和日本と安全保障条約を締結している。が、大和日本国内のアメリア軍基地は首脳会談によって整理縮小を迫られており、島の三分の一をアメリア連邦海軍基地が占めるグアヌ島は、その機能移転という点で重要な意味を持ってくる。

 こうした現状がなかったら、リクは独立でも何でも自由にしてくれと欠伸を噛み殺さねばならないところだ。

「ところが、その対立候補が選挙運動中に自宅の階段から転落死します。アメリア政府はアルデバラン五世による妨害工作を疑いました。けれどもグアヌ警察は事故という判断を下し、結果としてアルデバラン五世は圧倒的な得票率で再選を果たしています」

 きな臭い話になってきて、リクは欠伸を我慢する必要はなさそうだと感じ始めた。

「ところで、アルデバラン家にはアメリア政府軍と通じているチャバロ人メンテナンスがいます。チャバロ語で二を意味する、ドスというコードネームで呼ばれています。彼は我々にアルデバラン家の盗撮映像を流してくれる、貴重な情報源です」

 住居や家電の管理や修理を行なうメンテナンスとしての顔と、アメリア政府に通じる情報屋の顔。二面性にちなんで二という数字が付けられているのだろう。

 そう推測するリクの拳はようやく失望を手放し、興味を握り始めていた。

「そのドスからの情報によりますと、対立候補転落死の直前一週間は、アルデバラン邸はメンテナンスもメイドも立ち入りを厳禁されていたそうです。ここで、資料の衛星写真をご覧下さい」

 資料を捲ると、海に面したアルデバラン邸の衛星写真があった。

 庭の一部が四方を大きく布で覆われ目隠しされているが、屋根は無く中は丸見えだった。中央に台が幾つか接近して並べられており、その上には所狭しと何かが積んであるようだった。

「この設備が何か――あなたなら答えられるね、泉二等兵」

 スヴァルの声には楽しげに挑むような調子があった。その双眸はリクの隣に座っていた女性二等兵へと真っ直ぐ向けられている。

 リクは慌てて資料のページを戻し、Maris Izumiという名前を探し出した。

 初年兵が何故特殊作戦に参加しているのかと訝しみながら、横の少女へと上体を捻った。

 長そうな黒髪をきっちりと上げていて、大和日本人種にしては色白の部類に入る。細面は可愛いというより美人だが、凛として涼やかな瞳は何処か近寄り難い雰囲気だ。

 自分としては看護師のカイリの方が好みだ、とリクは思った。

 マリスはスヴァルを落ち着いて見返し、リクの雑念を断つような清冽な声で答えた。

「はい。護摩ごま壇です」




 リクの曽祖父はアメリア軍日系二世部隊、特にその戦歴を時の大統領も賞賛した四四二連隊の兵士であった。祖国は大和日本、心はアメリア人として敵よりもアメリア連邦内の差別と戦った彼らの歴史は、アメリア連邦陸軍の必修とされている。

 同じくアメリア軍日系二世部隊として輝かしい戦果を挙げた第百歩兵大隊の博物館がハウイ州に建造されているが、ハウイを今や経済的に支配する大和日本人の観光客がそこを訪れることはあまり無い。

 家系は日系人同士の結婚を繰り返してきたものの、リクの精神はアメリア軍日系二世部隊と同様にアメリア人である。敬虔なと言うのは非常に憚られるが、リクはクリスチャンだ。護摩壇と言われても何のことか理解出来なかった。

「正解。花咲看護師と猪植上等兵のために説明しておこう。仏教の一派に密教がある。護摩を焚くと言って、護摩壇を設けて護摩木を焚くのは密教の祈祷の儀式の一つだ」

 スヴァルの説明を聞いて、つまりアルデバラン家は密教徒だというわけかと理解した。この特殊作戦分隊の隊長として中央情報局アジア宗教分析官が担ぎ出されたのも、何となく合点する。

 次のページは護摩壇の拡大写真を映像解析したものです、とその分析官に促されて資料を捲る。

 映像処理によって、儀式用具らしきものが驚くほど鮮明に映し出されていた。文字の書かれた薪や紙などのようだが、リクには燃料にすぎないそれらがわざわざ映像解析される理由が分からない。

 デスクの上でゆっくり両手を組んだスヴァルが、僅かに上体を乗り出すのが見えた。作戦にとって、この護摩壇というのが重要であるらしいことを物語っていた。

「泉二等兵、あなたの意見を聞きたい。このアルデバラン家の護摩壇が何を意味するのか、その道の専門家として」




 ハーフにしては青過ぎる感じがするスヴァルの目に対し、マリスがここに至って緊張し始めたように見受けられた。きりっとした姿勢を崩してはいないが、マリスの白い頬に漂う硬さが増大傾向にあるのをリクは感じ取った。

「申し訳ありませんが、わたしは専門家ではありません」

 答えるまでに二秒はあった。軍人としては遅すぎる。

 それまでリクの苛立ちの対象は温和すぎる准尉の態度であったが、瞬時に新兵の返答の遅さに切り替わった。

「認識票を拝見しよう」

 スヴァルに静かに催促され、マリスは制服の襟元から長いボールチェーンと、そこに通したドッグタグを引き出す。

「五行目はBだね」

「はい」

 確認するまでもなくスヴァルには、マリスのドッグタグの五行目の刻印が分かっているようだった。

 ドッグタグはアメリア連邦軍個人認識票の俗語である。小判型のステンレス板をチェーンに通し、首にかける。

 一行目にはラストネーム。二行目にはファーストネームと、あればミドルネームのイニシャル。三行目には厚生年金受給番号。四行目には血液型とそのネガポジ、および性別。五行目には宗教が刻印されている。

 五行目の刻印がCならカトリック、Pならプロテスタント、Jならユダヤ教徒を示す。BならばBuddhist、つまり仏教徒だ。

「あなたの名前をボードに書いてもらおう。アメリア語表記でなく、大和日本語で」

「はい」

 新兵の返答は先刻ほどではなかったがリクの基準からすればまだ遅く、リクを不機嫌にさせる。

 静まり返った室内で、ペン先がボードに当たる柔らかい音が続いた。

 そしてホワイトボードには、泉摩利守まりすという文字が書き付けられた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ