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六連星の王座  作者: シトラチネ
1章 統べる星、スヴァル
3/23

§2

 梶原艇人は本日何度目か、数える気力も起きない溜息を漏らした。

 辞令と分隊創設の目的を簡潔すぎるほど簡潔に述べた大佐の執務室から退き、カンファレンスルームへ移動していた。

 隊長として詳細な説明をしなければならない。だが部下となった三人の日系アメリア人とスヴァルを前に、場違い感は募る一方だった。

 今朝までの身分は、中央情報局の片隅で情報の収集と体系化を専門とする分析官だった。軍人の経験も、軍人の部下を統率する経験も無かったし、資質があるとも到底思えなかった。難解な文字や仏像を相手に、研究室で紙と本に埋没しているのが幸せなのだ。

 しかし准尉の階級と隊長の任を与えられてしまった以上、従うしかないのは承知していた。

 士官候補生になった気分でホワイトボードに梶原艇人、横にTate Kajiwaraと併記する。そして部下達に向き直り、大和日本語で話を始めた。

「えー……初めまして、梶原艇人といいます。元々の所属は中央情報局アジア宗教分析課ですが――このプレアデス計画実行隊長を任せて頂きました。精一杯頑張りますので、皆さん、どうぞよろしくお願いします」

 部屋はしーんと静まり返っている。反応を見回したところ、筋肉の塊みたいな男がしきりに瞬きを繰り返していた。驚いているようだ。

 また妙な剃り残しでもこさえていたかと顎をさすってみたが、どうやらきちんと剃れている。髪は縛って来たから、寝癖は隠せている筈だ。

 では資料によると猪植陸、Rick Inoueという名の二十歳の歩兵師団上等兵は何をぽかんとしているのか。考えていると、横手でぷっと吹き出す音がした。

「士官学校の見習い士官も、こんなに初々しくはないだろうね。そう思わないか、猪植上等兵」

「Yes, Sir――No, Sir」

 吹き出したスヴァル、Svarは穏やかに微笑している。猪植上等兵は核心を突かれたのか、慌てた様子でアメリア語を口走った。

「あーそうか、そうですよねえ。申し訳ありません。どうもこういう立場は慣れていなくて……鬼軍曹みたいのをお望みでしたら、期待外れですみません」

「言っているそばから、君は」

 忍び笑いしていたが、スヴァルは雰囲気を和らげてくれたようだ。

 それに応えるように、安心をもたらす柔らかな笑顔を見せたのは看護師団で二十三歳の花咲海璃、Kylie Hanasakiだ。だがもう一人の女性はギリシャ彫刻のような涼やかさを崩さない。

 やりにくいなあ、とテイトは頬を掻いた。

「梶原准尉、まずは我々の目的を詳細に伺いたいのだが」

「ああ、はい。では、ブリーフィングを始めましょう」

 スヴァルは説明されなくとも既に全てを熟知している。流石に助け舟を出してもらえていることに気付いて、テイトは人数分の資料ファイルを手に取った。配って回ろうとした瞬間に、ギリシャ彫刻が素早く立ち上がる。

「自分が配布致します」

 その起立は何事かとびくびく身構えていたテイトは、そう言われてようやく理由を納得した。隊長というものは、自分の足で資料を配って歩く必要がないらしい。

 ブートキャンプを修了したばかりの十八歳の新兵が自分より余程落ち着いているのを見て、テイトはまた小さく苦い溜息を吐いた。




「ホワイト大佐からの説明にもありました通り、我々の目標はグアヌ準州知事アルデバラン五世の長男、ヒアデスを極秘裏にスヴァルへすり替えることです。ヒアデスは次回の知事選挙への出馬が予想されています。彼をスヴァルに替えて親アメリア路線に誘導することで、グアヌの独立を阻止します」

 特殊な部隊であるからには、常識に縛られない柔軟な思想であって然るべきだ。情報共有の徹底のためにも質問があれば遠慮なくどうぞ、とテイトは前置きして話し出した。

「まずアルデバラン家の歴史を振り返るとしましょう。アルデバラン王朝は一八九〇年に成立。それまでは現地チャバロ人王朝でしたが、最後のチャバロ人王はアルデバラン一世を後継に指名して死去しています」

 遠慮がちなカイリの挙手を見つけて、テイトは先を促した。

「ということは、アルデバラン家はチャバロ人ではないということでしょうか」

 心持ち首を傾け、おっとりした口調で質問する姿には、奥ゆかしい大和日本人らしさがある。金茶色の髪と抜けるように白い肌は白人の遺伝子の多さを物語っていたが、その外見と異なり大和日本人の性質を継いでいるようだ。

 積極的で弁論の達者なアメリア人女性が苦手なテイトは、ほっとしながら頷いてみせた。

「いい質問ですねえ、その通りです。アルデバランと名乗っていますが、彼らは王位に着く直前に大和日本から移住してきた一族でした」

 移住と王位継承に際してのおぞましい詳細は後回しにして、テイトは先を続けることにした。

「けれどもアルデバラン王朝成立の僅か十年後、グアヌはアメリア連邦の植民地に。その後の植民地時代を経て、一八九八年にアメリア準州になります。以降は公選の知事が置かれ、立法には一院制議会があたっていますが」

 緊張で既に喉が渇き始めていたテイトは、代わりに唇を湿らせた。

「準州民の圧倒的支持により、グアヌ準州知事はアルデバラン家の世襲制に等しい状態です。アメリア政府がグアヌを事実上の立憲君主制とみなす理由はここにあります」

 テイトはアメリア政府がどんなに対立候補を立てても敗北してきた歴史を簡単に述べた。

「対抗馬を出す一方で、アメリア政府はアルデバラン家に半強制的にアメリア人と結婚させました。血を薄める事によって精神をも希釈する、というけしからん思想ですねえ」

 妄信的な国家主義者には、この表現はアメリア連邦の政策への非難と受け取られるだろう。

 だがカイリは人道主義が勝っているらしく、申し訳なさそうに一瞬唇を結び、それからふと思い出したようにスヴァルへと目を転じた。

 アメリア人との結婚を重ねたにしては、スヴァルは大和日本人種の血を濃く引いているではないか――と問いたげなカイリの視線を受け止め、当のスヴァルが頷いて口を開く。

「アルデバラン五世はアメリア白人女性との結婚を拒否、大和日本人を妻にした。この時点でアルデバラン家は、反アメリアの意志ありとしてマークされることになった」

 スヴァルは白人と大和日本人のハーフに近い。大和日本人にしては背が高く、焦茶色の髪をしている。特筆すべきはその瞳の色だ。テイトは改めてスヴァルの目を観察した。

 瞳の黒い大和日本人と青眼のアメリア人が結婚した場合、子供の瞳は黒になる。これは黒の遺伝子が青に対して優性であるからだ。故に、黒に青が乗ったスヴァルの瞳は通常、ハーフには出現しないものだ。

 恐らくアルデバラン五世の妻は大和日本の東北出身だったのだろう、とテイトは推測していた。

 東北には純粋な大和日本人でありながら何故か、ごく稀に青や緑の瞳をした者が存在する。突然変異の遺伝子の悪戯なのか、隠されたルーツの歴史があるのかは定かでない。

 いずれその研究もしてみたいものだ、などと考えていたテイトの視界から、その不思議な瞳がついと逃げた。

「残念ながら男性に見惚れられる趣味はないんだ、テイト」

「君にとって幸運なことに、私にもその嗜好はないなあ、スヴァル」

 大真面目なスヴァルに大真面目で答えて、同時に笑い出す。笑いが止まってみると残された三人、特に猪植上等兵は呆気に取られているようだった。スヴァルが軽く手を挙げる。

「失礼、私達は既知の仲なんだ。それで、梶原准尉。今の話で、この人選についてある程度推測がなされたと思うが、役割分担は」




 話を脱線させたスヴァル本人の軌道修正に助けられて、テイトは話題を元に戻した。

「人選についてですが……グアヌの公用語は当然、アメリア語です。ですがこの作戦遂行にあたっては、アメリア軍内でも大和日本語に堪能な者が選ばれました。大和日本出身のアルデバラン家が大和日本語を話し、大和日本文化と深い繋がりを持つからです」

 しかし名前だけをスヴァルに気に入られて選ばれたことを知ったら、猪植上等兵はどんな顔をするだろうか、とテイトはそれ以上の追及がされないことを願った。

「我々の任務はまず、スヴァルの知識をヒアデスと同期させる事。スヴァルは資料の中でグアヌやヒアデス関係者を見知ってはいますが、現地入りして実際との照合や微調整をしていく必要があります。作戦中はグアヌ大学生を装い、共同生活をします。低年齢の隊員を集めたのはそのためですねえ」

 グアヌ大学には、アメリア連邦公認会計士への足掛かりとして留学する大和日本人が大勢在籍している。十八歳、二十歳、二十三歳の部下達、同じく二十三歳のスヴァルが大学生として、また二十七歳のテイトが博士課程の学生として身分を偽るには最適の場所であった。

「花咲看護師はスヴァルおよび隊員の健康管理。猪植上等兵にはスヴァルの護衛を担当して頂きます。また別働の特殊部隊も隠れて警護に付くことになっています。スヴァルがヒアデスと入れ替わり、安全かつ安定的に生活を落ち着かせるまで分隊は継続します」

 少女新兵の役割をあえて飛ばしたことを、本人は気付いただろうか。

 テイトは眼鏡の縁に引っ掛けるような角度で盗み見たが、相手は変わらず静かな表情を保っている。あれは実は陶器の仮面ではないのか、とテイトは疑いたくなった。質問されないのを感謝して先に進める。

「アメリア軍関係者であることを隠すため、認識票、H&K Mk23拳銃一挺、フォールディングナイフ一振り以外を特殊部隊預かりとします。制服、装備、徽章、全てです」


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