生徒会規約第十二条により、婚約者の会長職を不信任とさせていただきます
王立学園の生徒会室で、会長のユリウス様が胸を張って言った。
「文化祭の成功は、僕の指導力の賜物だ。皆、僕に感謝するように」
拍手が起こる。私も一応、手を叩いた。
隣の席で、副会長のエミール様が小さく溜息をついた。彼はお菓子の包みを膝の上で開けながら、何も言わない。
「リゼット、君もそう思うだろう?」
ユリウス様が私を見る。
私はリゼット・フォーレ、侯爵家の娘で生徒会書記。そして、ユリウス様の婚約者だ。
「文化祭の来場者は、昨年の一・四倍でした」
「そうだ。僕の采配だ」
「予算の組み替えと出店の配置は、計画書を作成した者が――」
「ああ、君は書記だろう。計画書を清書したのは君だが、決めたのは僕だ。書記なんて、誰にでもできる仕事だ。君は影として、僕を支えていればいいんだ」
影。
その一言で、私の中で何かが定まった。
これまでの二年間、私は会長の名前で出る文書のほとんどを書いてきた。予算案も、議事録も、来賓への挨拶文も。
ユリウス様は、それを全部、自分で書いたと信じている。
あるいは、信じたふりをしている。
「承知しました。では、影は影の仕事をいたします」
「うん、その調子だ」
彼はご機嫌で、自分の席に戻っていった。
私は、机の引き出しにしまってある小冊子を、そっと撫でた。
生徒会規約。全二十三条。
第十二条。
『会長が職務を怠り、または虚偽の報告を行った場合、書記を含む役員三名以上の連署により、生徒総会に不信任を発議できる』
二年間、毎回の議事録を書き続けてきた私は、この規約を一番よく知っている。
◇
まず、エミール様に声をかけた。
「副会長、お時間をいただけますか」
「お菓子を食べ終わってからでもいい?」
「どうぞ」
のんびりした人だが、観察眼は鋭い。生徒会室の隅で、いつもすべてを見ている。
「不信任の発議に、署名をお願いしたいのです」
「いいよ」
あっさり頷かれて、拍子抜けした。
「理由は聞かないのですか?」
「聞くまでもないよ。去年の予算会議で、会長は予算書の読み方さえ分からなくて、君にこっそり耳打ちしてもらっていた。あれを見て、僕はずっと思っていた。この人の手柄の半分は、リゼットの口から出ているなって」
「……気づいていたんですね」
「気づかない人のほうが、どうかしてるよ」
エミール様は、羽根ペンを取って署名した。
続いて会計のダリア様も、庶務のトーマス様も、迷いなく署名してくれた。
三名以上の連署。条件は整った。
けれど、私の目的は、単なる署名の収集ではない。
私が欲しいのは、証拠だ。
◇
翌週、生徒総会が開かれた。
講堂に全生徒が集まっている。壇上の会長席には、ユリウス様が機嫌よく座っていた。
司会の教師が告げる。
「本日は、生徒会役員より、会長の不信任発議が出されております」
ざわめきが広がった。
ユリウス様は、一瞬ぽかんとして、それから顔を赤くした。
「何だって? 誰が、そんなことを」
「私です」
私は壇上に進み出た。
「書記、リゼット・フォーレ。規約第十二条に基づき、連署のうえ、発議いたします」
「リゼット! 婚約者の僕に、恥をかかせる気か!」
「恥ではなく、確認です」
私は手元の分厚い書類を開いた。
「会長は、文化祭の成功を、ご自身の指導力によるものとおっしゃいました。では、お尋ねします。文化祭の予算は、総額いくらでしたか?」
「え? それは、その、たしか」
「金貨八十枚です。その内訳で、最も大きい支出は?」
「……装飾費、か?」
「出店の安全設備費です。昨年、火事が起きかけた教訓から、私が提案しました」
会場が静まり返る。
「では、出店の配置を最終決定した日付は?」
「日付なんて、覚えているわけが」
「先月十四日です。その日の会議の議事録に、会長の発言は二行しかありません。『任せる』と『それでいい』です」
私は議事録の束を掲げた。
「この二年間、すべての議事録は私が記録しています。会長ご自身の発言は、一貫して、決定の先送りか、承認のみでした。企画書も、予算案も、来賓への挨拶文も、起草は私です」
講堂の空気が、変わっていくのが分かった。
「それでも会長は、文書の最後に署名をされています。署名は、内容を確認した証です。ですが、会長は私の書いた予算書を、一度も読まずに署名していました。その証拠として、昨年の予算書の第四条に、会長自身が気づかなかった誤字が二つあります」
ユリウス様の顔が、青ざめた。
実は、わざと入れた誤字ではない。単純に私が見落としたものだ。だからこそ、読んでいない証拠になった。
「規約第十二条は、虚偽の報告を行った場合を不信任の理由としています。会長は、文化祭の成果を、ご自身の手によるものと、全校集会で報告されました。その報告は、事実と異なります」
私は一礼して、書類を教師に渡した。
「以上です。判断は、総会に委ねます」
数秒の沈黙。
その後、後ろの席から、ひとつの拍手が聞こえた。
それが次々に広がり、やがて講堂全体が拍手に包まれた。
投票の結果は、賛成が九割を超えた。
◇
その日の夕方、生徒会室でユリウス様に呼び止められた。
「リゼット、待ってくれ。誤解だ。僕は君を、ちゃんと評価していた」
「影として、ですよね」
「それは、言葉の綾で……」
「いいえ、事実です。私は二年間、影でした。ですが、ユリウス様がいなくなった今、光の当たる場所に出ても、私は困りません」
彼は唇をわななかせた。
「婚約も、解消するつもりか?」
「ええ。会長職を失った方と、婚約を続ける理由が、私にはありません」
我ながら、冷たい言い方だと思う。
けれど、二年間の積み重ねは、それくらいの重さがあった。
ユリウス様は、何か言いかけて、やがて肩を落として出ていった。
残された生徒会室で、私は大きく息を吐いた。
隣で、エミール様がお菓子を差し出す。
「お疲れさま。マドレーヌ、食べる?」
「いただきます」
甘いバターの味が、口の中に広がる。
張り詰めていたものが、一気に緩んだ。
「ところで、会長の席が空いたけど」
「補欠選挙ですね。規約第十五条により、三日後に立候補を受け付けます」
「立候補、するの?」
「まさか。私は書記ですから」
「じゃあ、僕が推薦しよう」
エミール様が、いたずらっぽく笑った。
「リゼット・フォーレ。会長候補として」
「副会長が推薦するなら、副会長が立候補すべきでは」
「僕は、副会長のほうが性に合っているんだ。それに、実際に動かしてきたのは君だ。名前を実態に合わせるだけだよ」
三日後。
補欠選挙の結果、私は九割五分の票を集めて、生徒会長に当選した。
就任挨拶の壇上で、私は最初の一言を決めていた。
「書記は誰にでもできる仕事ではありません。私が、二年間かけて証明しました」
講堂が、笑いと拍手に包まれる。
客席の後ろの方で、エミール様が親指を立てていた。
口にマドレーヌをくわえたまま。
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