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生徒会規約第十二条により、婚約者の会長職を不信任とさせていただきます

掲載日:2026/10/27

 王立学園の生徒会室で、会長のユリウス様が胸を張って言った。


「文化祭の成功は、僕の指導力の賜物だ。皆、僕に感謝するように」


 拍手が起こる。私も一応、手を叩いた。


 隣の席で、副会長のエミール様が小さく溜息をついた。彼はお菓子の包みを膝の上で開けながら、何も言わない。


「リゼット、君もそう思うだろう?」


 ユリウス様が私を見る。


 私はリゼット・フォーレ、侯爵家の娘で生徒会書記。そして、ユリウス様の婚約者だ。


「文化祭の来場者は、昨年の一・四倍でした」


「そうだ。僕の采配だ」


「予算の組み替えと出店の配置は、計画書を作成した者が――」


「ああ、君は書記だろう。計画書を清書したのは君だが、決めたのは僕だ。書記なんて、誰にでもできる仕事だ。君は影として、僕を支えていればいいんだ」


 影。


 その一言で、私の中で何かが定まった。


 これまでの二年間、私は会長の名前で出る文書のほとんどを書いてきた。予算案も、議事録も、来賓への挨拶文も。


 ユリウス様は、それを全部、自分で書いたと信じている。


 あるいは、信じたふりをしている。


「承知しました。では、影は影の仕事をいたします」


「うん、その調子だ」


 彼はご機嫌で、自分の席に戻っていった。


 私は、机の引き出しにしまってある小冊子を、そっと撫でた。


 生徒会規約。全二十三条。


 第十二条。


 『会長が職務を怠り、または虚偽の報告を行った場合、書記を含む役員三名以上の連署により、生徒総会に不信任を発議できる』


 二年間、毎回の議事録を書き続けてきた私は、この規約を一番よく知っている。


 ◇


 まず、エミール様に声をかけた。


「副会長、お時間をいただけますか」


「お菓子を食べ終わってからでもいい?」


「どうぞ」


 のんびりした人だが、観察眼は鋭い。生徒会室の隅で、いつもすべてを見ている。


「不信任の発議に、署名をお願いしたいのです」


「いいよ」


 あっさり頷かれて、拍子抜けした。


「理由は聞かないのですか?」


「聞くまでもないよ。去年の予算会議で、会長は予算書の読み方さえ分からなくて、君にこっそり耳打ちしてもらっていた。あれを見て、僕はずっと思っていた。この人の手柄の半分は、リゼットの口から出ているなって」


「……気づいていたんですね」


「気づかない人のほうが、どうかしてるよ」


 エミール様は、羽根ペンを取って署名した。


 続いて会計のダリア様も、庶務のトーマス様も、迷いなく署名してくれた。


 三名以上の連署。条件は整った。


 けれど、私の目的は、単なる署名の収集ではない。


 私が欲しいのは、証拠だ。


 ◇


 翌週、生徒総会が開かれた。


 講堂に全生徒が集まっている。壇上の会長席には、ユリウス様が機嫌よく座っていた。


 司会の教師が告げる。


「本日は、生徒会役員より、会長の不信任発議が出されております」


 ざわめきが広がった。


 ユリウス様は、一瞬ぽかんとして、それから顔を赤くした。


「何だって? 誰が、そんなことを」


「私です」


 私は壇上に進み出た。


「書記、リゼット・フォーレ。規約第十二条に基づき、連署のうえ、発議いたします」


「リゼット! 婚約者の僕に、恥をかかせる気か!」


「恥ではなく、確認です」


 私は手元の分厚い書類を開いた。


「会長は、文化祭の成功を、ご自身の指導力によるものとおっしゃいました。では、お尋ねします。文化祭の予算は、総額いくらでしたか?」


「え? それは、その、たしか」


「金貨八十枚です。その内訳で、最も大きい支出は?」


「……装飾費、か?」


「出店の安全設備費です。昨年、火事が起きかけた教訓から、私が提案しました」


 会場が静まり返る。


「では、出店の配置を最終決定した日付は?」


「日付なんて、覚えているわけが」


「先月十四日です。その日の会議の議事録に、会長の発言は二行しかありません。『任せる』と『それでいい』です」


 私は議事録の束を掲げた。


「この二年間、すべての議事録は私が記録しています。会長ご自身の発言は、一貫して、決定の先送りか、承認のみでした。企画書も、予算案も、来賓への挨拶文も、起草は私です」


 講堂の空気が、変わっていくのが分かった。


「それでも会長は、文書の最後に署名をされています。署名は、内容を確認した証です。ですが、会長は私の書いた予算書を、一度も読まずに署名していました。その証拠として、昨年の予算書の第四条に、会長自身が気づかなかった誤字が二つあります」


 ユリウス様の顔が、青ざめた。


 実は、わざと入れた誤字ではない。単純に私が見落としたものだ。だからこそ、読んでいない証拠になった。


「規約第十二条は、虚偽の報告を行った場合を不信任の理由としています。会長は、文化祭の成果を、ご自身の手によるものと、全校集会で報告されました。その報告は、事実と異なります」


 私は一礼して、書類を教師に渡した。


「以上です。判断は、総会に委ねます」


 数秒の沈黙。


 その後、後ろの席から、ひとつの拍手が聞こえた。


 それが次々に広がり、やがて講堂全体が拍手に包まれた。


 投票の結果は、賛成が九割を超えた。


 ◇


 その日の夕方、生徒会室でユリウス様に呼び止められた。


「リゼット、待ってくれ。誤解だ。僕は君を、ちゃんと評価していた」


「影として、ですよね」


「それは、言葉の綾で……」


「いいえ、事実です。私は二年間、影でした。ですが、ユリウス様がいなくなった今、光の当たる場所に出ても、私は困りません」


 彼は唇をわななかせた。


「婚約も、解消するつもりか?」


「ええ。会長職を失った方と、婚約を続ける理由が、私にはありません」


 我ながら、冷たい言い方だと思う。


 けれど、二年間の積み重ねは、それくらいの重さがあった。


 ユリウス様は、何か言いかけて、やがて肩を落として出ていった。


 残された生徒会室で、私は大きく息を吐いた。


 隣で、エミール様がお菓子を差し出す。


「お疲れさま。マドレーヌ、食べる?」


「いただきます」


 甘いバターの味が、口の中に広がる。


 張り詰めていたものが、一気に緩んだ。


「ところで、会長の席が空いたけど」


「補欠選挙ですね。規約第十五条により、三日後に立候補を受け付けます」


「立候補、するの?」


「まさか。私は書記ですから」


「じゃあ、僕が推薦しよう」


 エミール様が、いたずらっぽく笑った。


「リゼット・フォーレ。会長候補として」


「副会長が推薦するなら、副会長が立候補すべきでは」


「僕は、副会長のほうが性に合っているんだ。それに、実際に動かしてきたのは君だ。名前を実態に合わせるだけだよ」


 三日後。


 補欠選挙の結果、私は九割五分の票を集めて、生徒会長に当選した。


 就任挨拶の壇上で、私は最初の一言を決めていた。


「書記は誰にでもできる仕事ではありません。私が、二年間かけて証明しました」


 講堂が、笑いと拍手に包まれる。


 客席の後ろの方で、エミール様が親指を立てていた。


 口にマドレーヌをくわえたまま。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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