第8話「王国の使者と二つの選択」
ゴルディオン商会との一件から半年。アルカディアは驚異的な発展を続けていた。
アルカディア運河を利用した交易は順調に拡大し、俺たちの町は周辺地域における経済の中心地としての地位を確立しつつあった。人口は千人を突破し、様々な技術や文化が持ち込まれたことで、町は活気に満ち溢れている。
ここはもう、辺境の開拓地ではない。一つの都市国家と呼んでも差し支えないほどの規模になっていた。
そんなある日、アルカディアに一台の豪華な馬車が到着した。馬車から降りてきたのは、きらびやかな鎧に身を包んだ騎士たちと、見るからに高位の貴族と思われる一人の男だった。彼らは、アステル王国の紋章を掲げていた。イザベラの故郷であり、この一帯を治める最大勢力だ。
「私が、国王陛下の命を受け派遣された調査団の長、マルクス辺境伯だ。この地の責任者を出せ」
尊大な態度で告げるマルクス辺境伯の前に、俺とイザベラが進み出た。
「私たちが、このアルカディアの代表です」
俺が名乗ると、辺境伯は俺の農作業着姿を見て、侮蔑するように鼻を鳴らした。
「ふん、お前のような若造が? まあいい。単刀直入に言おう。国王陛下は、この地に無許可で形成された異種族の集落を大変憂慮されている。よって、お前たちには二つの選択肢を与えよう。一つ、即刻この集落を解散し、全員が立ち去ること。二つ、我ら王国軍の武力によって、強制的に排除されることだ」
あまりに一方的で、高圧的な物言い。アルカディアの住民たちに不安と怒りの声が広がる。シオンは今にも剣を抜きそうな勢いだが、俺はそれを手で制した。王国を敵に回すのは、まだ得策ではない。
「お待ちください、マルクス様。我々は、ただこの荒れ果てた土地を開拓し、平和に暮らしているに過ぎません。王国に刃向かう意思など毛頭ありません」
俺の言葉を、辺境伯は一笑に付した。
「平和、だと? エルフ、獣人、果ては天狐まで……忌むべき亜人どもを寄せ集めて、何を企んでいるか分かったものではない。お前たちがこの地で富を築いていることも調べはついている。それは本来、王国に納められるべき税だということを忘れるな」
彼の言い分は、完全にいちゃもんだ。要するに、豊かになったアルカディアを丸ごと王国で取り込みたい、というのが本音だろう。
「……分かりました。ですが、我々にも生活があります。すぐに出て行けと言われても無理な話です。せめて、数日の猶予をいただけないでしょうか。その間に、我々の無害さをご理解いただけるよう、全力でおもてなしをさせていただきます」
俺の提案に、辺境伯は少し考え込む素振りを見せた。おそらく、彼も無用な争いは避けたいのだろう。ここで戦闘になれば、王国側にも被害は出る。
「いいだろう。三日だけ待ってやる。その三日間で、我々を納得させられるだけの何かを示してみせろ。できなければ、容赦はしないぞ」
そう言い残し、彼らは用意された宿舎へと向かっていった。
***
町には重苦しい空気が漂う。だが、俺は諦めていなかった。
「イザベラ、最高の料理と酒を準備してくれ。彼らの胃袋から、まずはこちらの誠意を伝えよう。シオン、警備を強化してくれ。ただし、絶対に手は出すな。コハク、町の者の心が乱れないよう、頼む。セレスティア、万が一の時のために、医療所の準備を」
俺は仲間たちに指示を出す。そして、俺自身は『豊穣の納屋』から、とっておきの食材を取り出した。それは、この数ヶ月間、丹精込めて育て上げた最高級の霜降り肉。そして、米から作った究極の醸造酒『日本酒』だった。
言葉で駄目なら、文化で、そして味で示すしかない。俺たちが築き上げてきたこのアルカディアが、どれだけ豊かで、平和で、そして素晴らしい場所なのかを。
最初の晩餐。俺は辺境伯たちの前に、熱した鉄板と、薄切りにした霜降り肉を並べた。『すき焼き』だ。醤油と砂糖、酒で作った特製の割り下で肉を焼き、溶き卵に絡めて食べる。
「な、なんだこれは!? 肉が、口の中でとろけるだと!?」
一口食べた辺境伯は、それまでの尊大な態度も忘れ、驚愕の声を上げた。騎士たちも、夢中で肉を頬張っている。続いて出した日本酒も、彼らの理性を完全に麻痺させた。
「こんな芳醇な酒は、王宮でも飲んだことがない……!」
初日の接待は、大成功に終わった。だが、彼らを本当に納得させるには、これだけでは足りない。本当の勝負は、これからだった。




