第12話「農園長、国を建てる」
魔王軍との間に不可侵条約が結ばれてから、一年が経過した。
アルカディアは、未だかつてないほどの繁栄を謳歌していた。人族の王国と魔王領のちょうど中間に位置するという地理的条件と、どちらの勢力にも属さない中立性。そして何より、世界一の食料生産地であるという強み。それらが組み合わさった結果、アルカディアは大陸全土の物流と経済の中心地へと変貌を遂げたのだ。
魔族の商人、ドワーフの職人、海を渡ってきた獣人など、ありとあらゆる種族がこの町を訪れ、交流し、新たな文化を生み出していく。人口は五千人を超え、町の外壁は何度も拡張された。
俺たちの生活も大きく変わった。俺は相変わらず農園長として畑仕事に精を出していたが、それ以外の時間は、都市の運営に関する様々な問題の決済に追われることになった。もはや、これは個人の農園や自治領といった規模の話ではない。一つの『国家』としての体裁を整える時期が来ていた。
「蓮様。我々は、正式に独立を宣言するべきですわ」
評議会で、イザベラが重々しく口火を切った。
「アステル王国も魔王領も、今や我々アルカディアからの食料供給なしには国家を維持できません。彼らが、我々の独立を認めないという選択肢はないでしょう。いつまでも中途半端な自治領のままでは、いずれ大国の都合に振り回されることになります。我々は、我々自身の国家として、確固たる地位を築くべきなのです」
彼女の意見に、反対する者はいなかった。シオンも、コハクも、セレスティアも、そしてルナミリアも、皆が固い決意の表情で頷いている。
「……わかった。皆がそう言うなら、そうしよう」
俺は、覚悟を決めた。
「ただし、国王なんて大層な名前は俺には似合わない。俺は、どこまでいっても一人の農園主だ。この国のトップの称号は、これからも『農園長』。それでいいな?」
俺の言葉に、皆が微笑んだ。それが、いかにも俺たちらしい結論だったからだ。
***
こうして、俺たちの国、『アルカディア連邦』の建国が宣言された。初代国家元首は、終身農園長、茅野蓮。王国も魔王領も、予想通り、この独立を即座に承認した。彼らにとって、アルカディアはもはや敵対することも、支配することもできない、不可欠な隣人となっていたのだ。
建国記念式典が開かれた日、俺の前に、懐かしい気配が現れた。
「よくやりましたね、蓮さん」
目の前に立っていたのは、俺をこの世界に転生させてくれた豊穣の女神アリアだった。彼女は、初めて会った時と変わらない、慈愛に満ちた微笑みを浮かべている。
「あなたの働きは、私の想像を遥かに超えるものでした。あなたは、ただ荒野を開拓しただけではない。人々の心に、融和と希望の種を蒔いたのです」
「俺一人の力じゃない。ここにいる仲間たちと、住民みんなの力だ」
俺がそう言うと、女神は嬉しそうに頷いた。
「ええ、知っています。だからこそ、あなたに新たな力を授けましょう。これは、あなたが築き上げた絆への、私からの祝福です」
女神が俺の額にそっと触れると、脳内に新しい感覚が流れ込んできた。それは、大地に宿る精霊たちの声を聞き、彼らと対話する能力だった。
『我らが主よ』『この大地の恵みを、あなたに』
足元の土から、風から、水から、温かい意思が伝わってくる。大地の精霊王が、俺との契約を望んでいるのが分かった。この力があれば、俺はアルカディアの土地を、より広く、より豊かにすることができるだろう。
「ありがとう、女神様」
俺が礼を言うと、彼女は悪戯っぽく微笑んだ。
「お礼なら、あなたの作る美味しい料理で返してくださいね。今度、お忍びで食べに行きますから」
そう言い残し、女神の姿は光の中に消えていった。
***
新しい力を得て、俺たちの国造りはさらに加速した。精霊たちの力を借りて、俺はアルカディア周辺の土地を次々と緑化させていく。見渡す限りの荒野が、黄金の麦畑と、豊かな果樹園に変わっていった。
アルカディア連邦は、武力ではなく『食』によって世界の平和を支える、史上初の国家となった。その首都は、世界で最も安全で、最も豊かで、そして、最も美味しいものが食べられる楽園として、その名を永遠に歴史に刻むことになる。
俺は、執務室の窓から活気あふれる町並みを眺めた。全ては、あの日、一本のクワを握ったことから始まった。ブラック企業で死んだ俺が、異世界で手に入れたのは、最強の国家と、最高の仲間たち。
「さて、と。そろそろ畑の時間だな」
俺は山積みの書類にそっとため息をつき、愛用の『ガイアの聖クワ』を手に取った。どんなに偉くなっても、俺の原点はここにある。
明日も、美味しい野菜を作るために。そして、皆の笑顔を見るために。俺は、土を耕し続ける。それが、この国の王であり、農園主である俺の、最高の幸せなのだから。




