最終話 薬師の男
男は街で薬師として生計を立てていた。
朝が来たら店を開け、作った薬を客に売り、時間が来たら店を閉める。
そんな生活を何年も続けている。
ある日、男は薬品棚の整理をしていた。
昨日偶然出来た薬をしまおうと思ったのだ。
有り合わせを調合してみただけの偶然の産物だ。
効果もよく分からないので売るわけにはいかないが、かといって適当に捨てるわけにもいかない。
手の届かない所にこの薬瓶をしまおうと、踏み台に足をかけた瞬間、足元をネズミが走った。
驚いた男は体勢を崩してしまい、台から転げ落ちた。
その拍子に手から離してしまった薬瓶が、そのまま後頭部に当たり、割れた。
床には割れた瓶の欠片と虹色の液体が広がり、髪からその液体が滴り落ちている。
男の体にエフェクトが輝いた。
※
薬を被ったあの日から、男は外に出られなくなった。
薬の効果は男に様々なことを気づかせた。
慣れ親しんだ街がハリボテであること。
気のいい住民たちは決まった動きを繰り返す人形であること。
男は偽物の世界でただ一人ぼっちになってしまった。
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男は大岩壁の頂上に小さな仮住まいをこさえ、そこで暮らしていた。
やることは二つだけ。
日があるうちは調薬をすること。
また朝が来るまで瞑想をすること。
そんな生活が二十年ほど続いたある朝、男は紐の付いた大きな頭陀袋を掛けれるだけ体に掛けて、大岩壁を降りて行った。
※
男が二十年ぶりに帰ってきた街は、昔見た姿と何も変わっていなかった。
中央広場の噴水、大通りのバザール、石畳で遊ぶ子どもたち、景色も彼らの顔ぶれも、池に映る自分の顔も、何も変わっていない。
男が自分の店に帰ると、男と同じ顔の店主が、いらっしゃいませと言った。
男は頭陀袋から取り出したポーションを店主に投げつけた。
店を飛び出した男は住民たちにもポーションを投げつけた。
やがて頭陀袋が空っぽになると、男は崖の上へ逃げ出した。
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崖の頂上で男は座り続けた。
もう何年経ったか分からない。
男が振り返ると数人が自分を拝んでいた。
男は、孤独に耐えられず住民たちに同じ薬を投げつけたことを、後悔していた。
今の男の目には世界の全てが0と1のモザイクアートに見える。
あまりの世界の寒々しさに、毎日男は凍えている。
この者たちも座り続ければいつか、自分と同じ思いをするのだろうか。
自分には、この者たちの苦しみを引き受ける責任がある。
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その日男はありったけのポーションを煽って座り込んだ。
もうすぐ朝日が昇る。
男は必死に願った。
地平線に朝日が昇る。
男は光を浴びると、エフェクトと共に0と1の世界に溶けて行った。
※
ジョード教の聖地は二つ。
中興の祖である聖人ニヤーマの静戒洞と、覚者ジョードが悟った崖上の祠堂である。
祠堂の中には教団の本尊が飾られている。
無数の0と1が刻み込まれた石板。
それはジョード自身が慈悲そのものになった姿と言われている。
※
JODO ONLINE 検証.com
Q.ジョード教団の石板の01何?
A.UTF-8で文字に起こすと『この世界を楽しんで』になる。
完
最後まで読んでくれた方ありがとうございました。
ブックマーク、リアクション、とても力になりました。
初めての書き物で読みづらい点多々ございましたでしょうが、お付き合い頂いて感謝です。




