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第十三話 妻



 見上げるほどの大男が石畳の上を歩いている。

 男は傷だらけの革鎧を身につけ、背中には赤樫で柄を拵えた鉄の穂先の槍を背負っていた。

 角ばった顔、丸い目に吊り上がった太い眉が重なって、オーガのように見える。

 大型のブーツで地面を踏みつけるように歩く姿に、すれ違う住民は頭を下げていく。

 男はその全てに、ガラガラの野太い声で「皆様のおかげです!」と返した。

 左腕に巻かれた緑色の布は、街の誇り、自警団の印であった。


 職人街への道すがら中央広場に通ると、噴水の周りと広場の外縁をいっぱいに露店が並んでいる。

 見るともなしに品揃えを見ていると、地面に敷いた布の上に、小鳥の意匠の可愛らしい根付けを見つけた。

 そういえば懐には、雀の涙程度だが臨時収入がある。

 あの貴金属の腕輪や、天然石をあしらった豪奢な耳飾りはともかく、木製の根付けなら懐も足りるだろう。

 

「いかほどかな」と天から降ってきた重い声音に、店主の少女は顔を強張らせた。

 ただ、男が小鳥の根付けを指差しているのを見て、伏せていた目をパッときらめかせた。


「は、白金貨一枚でいいです――ヒッ」


 値段を聞いた男の顔が真っ赤に染まっていく。

 少女は縮こまりながら、言い訳でもするように舌を回した。


「こ、これはクラフトスキルのウェイトタイム短縮10%と移動速度上昇30%の常時バフが付いてまして――」

 

 ――白金貨一枚!

 男は喉まで出かかった悲鳴をなんとか飲み込んだ。

 取り出そうとしていた懐の銀貨袋から手を離して、少女に頭を下げる。

 

「マレビトさんのお店であったか。嫁への土産にはいささか背伸びをし過ぎましたな。いやお恥ずかしい、ハハハ」

「え、あの」

 

 男は名残惜しそうに根付けに視線を落としたが、少女にもう一度頭を下げると、逃げるようにその場を離れた。

 少女は呆然としながら男の背中を見送った。


 ※


 「ごめんください!」


 カウンターに座っていたフード付きマントの男が、顔を上げた。

 景気の悪そうな顔で眉をしかめ、こちらを見て一つジェスチャーをした。

 口元に手を持ってきて指を立てている。

 そうだ、ギルド長殿はお疲れなのだ。

 男は頷いて、氷の上を歩くようにカウンターへ向かい、ゆっくり椅子を引いた。


「団長、ご苦労だったね」

「薬師ギルドのご協力あってです。この度は本当にかたじけない」


 男は席につくなり報酬の金貨五枚をカーセネンに差し出した。

 そしてカウンターに手をついて大きく頭を下げた。

 この感謝を大声で伝えられないなら、せめて体で伝えるしかない。

 カーセネンは頭を下げる大男に一瞬腰を上げかけたが、フンと鼻を一つ鳴らした。

 慣れた手つきで速やかに領収書を作成し、薬師ギルドの押印を済ませて男に渡す。

『自警団長 ウーパーリ殿』と書かれたそれを、男は丁寧に胸元にしまった。


 このあいだのワームドラゴンの討伐は、ウーパーリにとって厳しい戦いだった。

 自警団主導のCランクのクエストだが、当てにしていたマレビトの参加者は皆無だった。

 焦って相談した先の、マレビトの友人が言った。

 

 ――期間イベント『世界の危機 破滅の竜王降臨!』でみんな忙しいんだよ


 その友人も日曜礼拝とかいう儀式があるから参加できないとのこと。

 ウーパーリは肩を落としそうになったが、頬を叩いて気合いを入れ直した。

 マレビトは世界を救ってくれる。

 街を救うのは自分たちの仕事だ。

 悲壮な決意を固めるウーパーリに、マレビトの女が閃いたように手を叩き、ニヤニヤしながらアドバイスをくれた。

 

 ――薬師ギルドに行きなよ。お人よしが二人もいるぞ。


 自警団はポーションがぶ飲みの物量作戦で、五体満足でワームドラゴンを討伐出来たのだった。


「それにしても――本日の薬師ギルドは盛況ですなあ」


 珍しく、とは言わない程度にはウーパーリは気遣いは出来た。

 視線の先は、このギルドホールの端、不自然に仕切られた一角だった。

 取ってつけたような簡易の木壁が三面を囲い、布カーテンの前に数人が並んでいる。

 買い物帰りの奥方もいれば、ビロードのマントを見るに高位の薬師もいる。

 何故かカーテンの向こうが緑色に光っている気がする。

 何をやっているのだろうか。


「整体術だってさ。みんな薬を買わないで体を良くして帰るのだよ。薬師失格なんじゃない?」

「自分が辞めさせましょうか?」


 音を立てて椅子から立ち上がる。

 街の住民のためなら、街の住民にだって容赦はしない。

 ウーパーリの中で矛盾は無かった。


「いいよ、僕が良いって言ったんだ」

「なるほど、さすがギルド長殿」


 ウーパーリは神妙に頷いて、静かに席に着いた。

 ギルド長の中では矛盾がないのだろう。

 

 ところで、とウーパーリは切り出した。


「今日はパリグラハ様はいらっしゃいますか」


 どうしても感謝を伝えたいもう一人がパリグラハだ。

 座主ニヤーマが弟子を取った時、新しい僧侶さまの誕生に、街はちょっとしたお祭り騒ぎだった。

 ただ気が付けば僧侶さまは、ポーション名人カショーの弟子になっていた。

 今となっては彼が無償のような価格でポーションを納めてくれるおかげで、自警団活動を始め、住民の生活は大いに助かっている。

 マレビトの僧侶さまはどうやら我々の味方だった。

 住民の評価は変人から聖人に変わりつつある。


「あの中で施術しているのがお目当てのパリグラハさんだよ」

「パリグラハさまが!」

 

 ――ちょっとご挨拶に行ってきます!


 ウーパーリは椅子を倒してドスドスと音を立てて駆け出した。

 背中から誰かのため息と椅子を戻す音が聞こえてきたが、ウーパーリの耳には入らない。

 カーテンの前に並ぶ客に、一言だけ申し訳ない!と分け入って、布をくぐって飛び込んだ。


 怯える一郎の手を両手でがっしりと掴むと、ウーパーリは全身を震わせて感謝の声を上げた。

 

 妻が暴れ馬にはねられて命を落とすところだった。

 あなたの薬のおかげで助かりました。


 ウーパーリの目からは玉のような涙がポロポロ溢れている。

 カーテンが開いて、カーセネンとマレビトの少女が入ってきた。

 話を聞いていたのか二人とも目端に光るものがある。

 背中を叩かれた少女はおずおずと前に出て、

 

 ――エンチャントはないですけど


 そう言って小鳥の根付けをウーパーリに渡した。

 

 一郎はぼんやりと思った。

 由香にも明るい未来があったのだろうか、そう毎日考えていた。

 俺だって、妻が生きててよかったとお医者さんお礼を言いたかった。

 でもこの人の由香は助かったんだな。

 それでいいのかもしれない。

 形だけの修行でもいいじゃないか、誰かが救われるなら。

 一郎はなんだか涙が止まらなくなって、大男と抱き合ってわんわんと泣いた。


 

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