塔の魔女
「随分と小さな客人だけど、私の目を誤魔化すことはできないよ。」
こちらを見るそぶりもせずに、彼女はこちらが見えているかのような口ぶりで言った。
「ああ、生まれつき目が良くてね。見えてなくても視えてしまうのさ。君、人間だろ?」
大量の本が積まれた部屋の中で、静かに声が響いた。
なぜ見破られたのか、彼女は一体何者なのか。様々な疑問が脳裏を駆け抜けた。
そして、思考が走るよりも前にすでに体は動いていた。
侵入した鉄格子から塔を脱出する。何者かは知らないが、人間だと見破られた以上長居をするのはまずいと体は本能的に判断を下していた。
鉄格子はすぐ後ろにあった。だから、振り返って飛び降りるだけで良い。
実際に、それはすぐに実行できた。
しかし、鉄格子から身を乗り出そうとした途端に、何かに弾かれるようにして体が後方へとのけぞった。
「グガア」
受け身も取ることもできずに石畳の床に体躯が打ち付けられる。
「あーあ。人の話を聞こうとしないで逃げようとするから…。」
呆れたように言って、彼女は腰掛けていたソファから立ち上がった。
「この塔は私を逃さないために作られた特別性でね。一度入ったら出られないようになってる。」
こちらへと歩み寄りながら彼女は淡々と語った。
「しかし、その体じゃ埒があかないね。言葉が出せないなら会話も成り立たない。」
立ち止まったところで、彼女はしゃがみ込んで、俺の体に触れた。
俺に触れている彼女の手を伝って、何かが体の中へと入り込んでくるのが分かった。
その何かが全身を巡ると、カラスへと擬態していた体がみるみるうちに元の人間の姿へと戻った。肉体の感覚が人間のものへと切り替わっていく、
人間の体に戻るにしても、1時間以上かけないと戻れないのに、彼女はなんらかの方法で俺の変身を無効化してしまった。
こうなってしまうと、すでに見破られていて意味がなかったとはいえ、カラスのフリをしているわけにもいかなかった。
俺はすぐさま立ち上がって、彼女と距離を取った。
「いったい何をした。お前は何者だ?」
「何者だって、それは私の台詞なんだけどね。まぁ、聞かれたからには答えようじゃないか。」
しゃがんでいたのを立ち上がると彼女は堂々と名乗りをあげた。
「私はセシリア。セシリア・レイス。君の疑問に答えるなら、私は魔法が使えるのさ。」
魔法が使える。それを聞いて自然と腰のナイフに手が伸びた。
「私を殺したってこの塔からは出られないよ?寧ろ、私が死んだら君は永久にここから出るための手段を失う。それでもいいなら、そのナイフを手に取るといい。」
「そんな手段があるならどうしてお前はここから出ようとしない。それに俺を逃す手段があるならお前はいつだって逃げれるはずだ。違うか?」
「もっともな疑問だね。答えても良いけど、その前にそのナイフから手を離してくれないか?互いの首に刃を当てながら会話が成り立つと思うかい?できないなら、この話はここでおしまいさ。」
そう言われると確かにそうかもそれないと思った。
最近はカイルに警戒するのが日常になっていたため、少し殺伐とした思考に傾きすぎていたらしい。
少し深呼吸をして胸を落ち着かせようとする。魔法が使えて、俺をここから逃せるかもしれない女。敵対するかどうかは話を聞いてからでも遅くはない。そう考えて、俺はそっとナイフから手を離す。
「これでいいか?」
腰のナイフをベルトごと床に投げ捨てた。




