第十二話 奥の手
王選祭のパレードまで、あと1週間はある。
侵入するための作戦や、その準備について、普通であれば話し合っておくべきだったが、信用ならない相手と相談を重ねたところで無駄だ。
カイルにとって俺という存在は都合の良い道具に過ぎないだろう。
ゆえに、俺は決行日までカイルと会うつもりはなかったし、彼としても面倒が省けて良かったと思っていることだろう。
1週間の間何をして過ごすのか。
それは既に決めてあった。
記憶を失ってから数年、盗人として生きてきた俺は一度だけ盗みに失敗して捕まりそうになったことがある。
捕まらずに済んだのは運が良かったからというわけではない。
実際に捕まる寸前であったし、街では検閲が強化され、俺という鼠を逃さないために厳戒態勢が敷かれていた。
それでも逃げることができたのは、俺がある能力を持っていたからというだけの理由だ。
捕まる寸前まで追い詰められるまで自分でも全く気が付かなかったのは、記憶を失っていたせいだろう。
その能力に気がつけたことすらも偶然だった。
少しでも荷物を軽くするために盗み出した貴族の財産を手放そうとした時に、偶然手に取った豪華な装飾の手鏡。
そこに写った全く別人のようになった己の顔を見て初めて気がついたのだ。
俺には自分の顔を自在に別人のように変える力があるのだということに。
鏡を見ながら自分の顔を変貌させることを意識すれば、自在に顔を変えることができた。
背格好すら変えることができた。
理解してから使えるようになるまでは早かった。
まるで手足を動かすのと同じように、自在に使うことができた。
その時まで俺は使えるのに使えることを忘れてしまっていたのだろう。
この能力を駆使して、街の住人の顔を借りながら、定期的に姿を別人へと変えることを繰り返して、街の外へと脱出した。
この能力に気が付かなければ俺は捕まっていたことだろう。
この能力を誰かに話したことはないし、盗みで使ったのもあの日が最初で最後だった。
便宜上俺は変装の魔法と呼んでいるが、このような魔法と言えるような奇妙な力を使えるのは非常に珍しいことであり、隠さなかった場合奴隷商人に狙われたり、研究者気取りの狂人に捕まって人体実験の素体にされたりと、耳にするのは碌でもない噂ばかりだ。
そのため、俺はあの日以来能力を他人に気づかれないように注意してきた。
能力に頼り過ぎるといずれ破滅する。そんな予感を感じていたからだ。
しかし、いざという時に使えないのも困るだろうと、誰の目にもつかない場所で能力の練習をすることは密かに行なっていた。
今では時間はかかるが動物にすら変身することができるようになっていた。
ある意味今の俺はあの日以上に追い詰められている。
もはやこの力の使用をためらっている場合ではない。
能力の使用の解禁を決めた俺は、手始めにネズミへと変身した。
1時間くらいかけてゆっくりと体が縮み、人間からネズミの姿へと変わった。
カイルに監視されている可能性を考えて、一旦ネズミになって宿から脱出し、その後でカラスにでも化けて遠くまで移動する作戦だ。
人間から動物、動物から人間になるのは時間が必要だが、動物から動物になるのはそれほど時間がかからない。
埃まみれになりながら、宿の隙間を通って外へと抜け出して、人気のない場所に一旦隠れてから、俺はカラスへと姿を変え、空へと飛び立った。




