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第36節~学祭準備

翌朝の校舎は、夏休み前と同じ顔をしていた。

同じ下駄箱。

同じ掲示物。

同じ、少しだけ早すぎる始業ブザー。

それなのに、天音の足取りはわずかに重い。

世界のほうが、自分に追いついていない気がした。

教室に入った瞬間、空気が動く。

「天音ー!」

「晴花も来た!」

名前が、軽やかに飛ぶ。

歓迎の音。期待の音。

二人はノイズではない。

むしろクラスの中でも、はっきりしたテーマを持っている人間だ。

おまけに

仕切れる。

考えられる。

空気も読める。

――つまり、頼られる側、クラスの人気者。

「学園祭の企画さ、もう決めた?」

「展示とステージ、どっちがいいと思う?」

「ポスター案、後で一緒に見てほしいんだけど」

晴花は笑顔のまま、全部を軽く受け止める。

「あとでね」

「昼休みなら少し」

「今は出欠取るから」

断らない。

でも、約束もしない。

天音は、その様子を少し離れた席から見ていた。

(慣れてる)

期待を受け流す距離感。

嫌われない断り方。

自分にも、同じものがある。

それが、少しだけ嫌だった。

HRが終わると、委員長が黒板の前に立つ。

「はい、学園祭準備の係決めるよー」

教室が一斉にざわつく。

「天音、企画班入ってよ」

「晴花、実行委員向いてるって」

「二人いれば、正直なんとかなるでしょ」

悪意はない。

むしろ、信頼だ。

その分だけ、逃げ場がない。

天音は、机の中のリュックに指先を触れた。

ノートの角が、そこにある。

――部室。

――まだ名前のない音。

「……ごめん」

声は、思ったより小さかった。

「私、放課後は部活あるから」

「学園祭も、そっち優先する」

理由を足さない。

正当化もしない。

空気が、ほんの一拍、遅れる。

「え、でもさ」

「忙しいのは、みんな一緒じゃん?」

「騒音部?って……そんなガチだっけ」

その言い方が、少しだけ刺さる。

晴花が、迷いなく横に立った。

「うん、ガチ」

「今は、そっちに集中したい」

一切の揺らぎがない声。

「てか、響音部だから」

その一言で、教室の温度がわずかに下がる。

委員長が慌てて笑った。

「じゃ、無理のない範囲で!」

「他の人で回そう!」

話は進む。

係は決まる。

日常は、何事もなかったように流れ出す。

けれど、天音の胸には、小さな摩擦だけが残った。

昼休み。

晴花が、弁当を開きながら言う。

「嫌われたかな」

冗談めいているけれど、目は笑っていない。

「……少しは」

天音は、正直に言った。

「でも、全部拾ってたら、どこにも行けない」

晴花は、ほんの一瞬だけ黙ってから、息を吐いた。

「だよね」

「私たち、優等生やりに来たわけじゃないし」

放課後。

部室のドアを開けると、埃と機材の匂いが混じった空気が流れ込む。

八雲はすでに鍵盤の前にいて、

伊武は椅子を引きずり、

真冬は壁際で静かに立っていた。

「クラス、どうだった?」

伊武の軽い問い。

「噛み合ってない」

晴花が肩をすくめる。

「いいじゃん」

伊武は笑う。

「俺ら、元から噛み合ってねーし」

合宿からいまだに進展らしい進展はなく、傍からみれば燻りにすら感じるだろう。

それでも――

ここに戻ってきた、という事実だけが、確かだった。

天音はリュックを下ろす。

ノートは、まだ開かない。

学園祭は近づいている。

日常は、相変わらず敵みたいな顔をしている。

――噛み合わないまま、進む。

それが今の自分たちだと、

天音はもう、はっきり分かっていた。

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