第25節~騒音とゲリラ
火曜日・放課後
夏休み目前。
蝉の声が、校舎の壁に焼きつくように響いていた。
響音部の活動は、ここ数日で一気に熱を帯びていた。
練習、会議、また練習。
放課後の瞑想室は、もはや“部室”と呼んでも差し支えないほど、彼らの音と声で満ちていた。
「じゃあ、確認ね」
霧島先生がホワイトボードの前でマーカーを構える。
「学園祭当日は、演奏はしません。あくまで“宣伝”にとどめる。
そのかわり、翌週の日曜、静寂堂でライブをやる。これが正式な“響音部ライブ”ってことでいい?」
「はい」
天音が頷く。
「うん。妥協案としては、悪くないと思う」
晴花も続ける。
「……まあ、納得はしてねぇけどな」
伊武が腕を組んでぼやく。
「でも、やるんだろ? だったら、やるしかねぇ」
「そうそう。やるなら、ちゃんと目立たなきゃ」
ピアスが笑う。
「というわけで、次の議題。オリジナルTシャツのデザイン案!」
霧島先生がホワイトボードに「Tシャツ」と大きく書くと、
伊武が勢いよく手を挙げた。
「俺、考えてきた!」
「えっ、ほんとに?」
真冬が目を丸くする。
「おう。見ろよ、これ!」
伊武が取り出したのは、ノートに描かれたラフスケッチ。
中央には、でかでかと「響音部」の文字。
その上から、雑に貼られたような「騒音部」の文字が、斜めに重ねられていた。
「……え、これって」
天音が眉をひそめる。
「そう! あの掲示板事件をそのままデザインにしたんだよ!
“騒音部”ってレッテルを、逆に誇りにしようぜ!」
「……センスを疑う」
晴花が即答した。
「うん……ちょっと、ダサいかも」
真冬も苦笑い。
「えぇ!? めっちゃロックじゃね!?」
伊武が食い下がる。
「俺は好きだぞ」
八雲がぼそっと言う。
「だよな!? 八雲わかってる!」
「うーん……じゃあ、決めようか」
ピアスが手を挙げる。
「民主主義でいこう。じゃんけんで」
「え、それ民主主義……?」
天音がつっこむ間もなく、全員が手を構える。
「最初はグー、じゃんけんぽん!」
──結果、伊武の案が採用された。
「よっしゃああああ!!」
伊武がガッツポーズを決める。
「……まあ、いいか。目立つのは確かだし」
天音がため息をつく。
「“騒音部”って書いてあるのに、ちゃんと音楽してるって、逆にインパクトあるかも」
晴花が苦笑しながら言った。
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部活終わり・夕暮れの廊下
活動を終え、荷物をまとめていたところで、ピアスがひょいと顔を出した。
「ねえ、ちょっとだけ寄り道しない?」
「え、どこに?」
天音が振り返る。
「静寂堂。霧島先生にはナイショで」
「……また何か企んでるな」
八雲が目を細める。
「まあまあ、いいから来てよ。ちょっとだけ、話したいことがあるんだ」
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静寂堂・夜
夜の静寂堂は、昼間とはまるで別の顔をしていた。
音を沈めるための空間に、今は“何かが始まる予感”が満ちていた。
ピアスが中央に立ち、全員を見渡す。
「……ねえ、学園祭さ」
「うん?」
伊武が首をかしげる。
「ゲリラライブ、やろうよ」
一瞬、空気が止まった。
「……は?」
天音が聞き返す。
「いや、だから。
当日は“宣伝だけ”ってことになってるけど、
それとは別に、校舎裏とか、空き教室とか、どこかで“鳴らす”の。
正式なステージじゃなくていい。
でも、“音”を、ちゃんと届けたいんだ」
「……それ、バレたら怒られるやつじゃん」
晴花が眉をひそめる。
「うん。でも、怒られるだけで済むなら、やる価値あると思う」
「……ロックだな」
伊武がにやりと笑う。
「やるなら、ちゃんと準備しないと」
真冬が真剣な顔で言う。
「うん。音響も、場所も、タイミングも。
でも、やれたらきっと、“前例”になる」
ピアスの目が、静かに燃えていた。
「“騒音部”って言われたなら、
その“騒音”で、誰かの心を揺らしてやろうよ」
誰もすぐには返事をしなかった。
けれど、その沈黙は、否定ではなかった。
天音は、胸の奥で何かが跳ねるのを感じていた。
(やるなら、今しかない)
(この音を、ちゃんと“外”に届けるなら)
(……ここが、その始まりだ)




