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第16節~音は外へ向かう。

木曜の放課後。

瞑想室の空気は、もう“昨日までの部室の空気”ではなかった。

天音は扉を閉めた瞬間、肌にまとわりつくような音の粒を感じた。


中央では、ピアス、八雲、伊武が音を合わせている。


ピアスのギターは、相変わらず丁寧なのに熱く、

伊武のバケツドラムは、粗いのに妙に正確で、

そして──八雲の鍵盤は、今日も色の名前を持たない音を放っていた。


まるで空間を一度さらって、塗り直してしまうような……そんな音。


曲が終わる。数拍の沈黙が落ち、ピアスが眉間に手を当てて息を吐いた。


「……待って、もう一回いい?」

彼の声には、探るような戸惑いが混ざっている。


八雲が指を戻すと、鍵盤が小さく反応した。ピアスは目を閉じて、音を聴き込む。天音はその真剣な顔を見て、胸がきゅっとなるのを感じた。驚きは、すぐに言葉にならない発見を伴う。


「これ……やっぱり、シンセサイザーに近いかもしれない」

ピアスは少しだけ声を震わせて言った。説明する言葉を慎重に選んでいる。


「シンセ……?」

天音は聞き慣れない単語に首を傾げる。


ピアスは鍵盤の側面を触りながら、少し興奮してまくし立てる。


「この鍵盤、内部の増幅器が、テーマと音を混ぜ合わせて響かせてるみたいなんだけど、

八雲のノイズがノると、普通の音じゃなくて“変質”した何かになるんだ

僕の世界にあった“シンセサイザー”って楽器はね──

電気で音を電子的な音色に作り替えるんだけど、この鍵盤は、そういう“音の作り替え”を自然にやってる気がするんだ」


言葉は理屈に落ち着くけれど、その前にあったのは発見の震えだった。ピアスの説明を聞きながら、天音は耳の奥で何かが静かに反応するのを感じる。



「へぇー……よくわかんねえけど、すげえ!」

伊武が全力の笑顔で叫ぶ。


「未来じゃん、それ! 八雲の音、中毒性あるし!やばいな」


「……褒められてるのか?」

八雲は視線を逸らしながらも、口元がわずかにゆるむ。

彼にとって最高級の照れ隠しだ。


伊武は、ピアスと一緒に作ったお手製のバケツドラムを叩いている。

ペール缶と金属板を組み合わせた即席のドラムセット。

けれど、彼の手にかかると、まるで本物の打楽器のように空気を揺らす。


「叩いて音が出るって、こんなに楽しいんだな……!」

楽しいの声だけ上ずる

伊武の声は、音と同じくらい熱を帯びていた。



ピアスは軽くギターを鳴らしながら、二人を見渡す。


「もう一回、合わせてみよう。今度はテンポを少し落として」


三人が息を合わせる。

音が重なり、揺れ、ひとつの“物語”になっていく。

三人が音を重ねた瞬間、

天音の胸の奥で、何かがふっと浮く。


ただの部活のはずなのに、

ただの練習のはずなのに、

まるで“作品の誕生”を覗き見ているような感覚だった。





瞑想室の隅──

真冬が、増幅器と向き合っていた。


膝に乗せた手は細く、弱々しい。

けれど、テーマを込めるときだけ、指先に力が入っているのがわかった。


「……真冬ちゃん、吸って。もっと深く」

霧島先生の声は、真冬専用の柔らかさになる。


「音を出そうとすると、体に力が入っちゃうね。

開くんだよ、真冬ちゃんリラックス、リラックス!」


天音は真冬の隣で、テーマのボリューム調整を披露しながらサポートする。

晴花は記録係として、出力の変化をノートにまとめている。


「真冬ちゃん、さっきより安定してるよ」

晴花が微笑む。


真冬は小さく頷いた。

昨日の涙はみんなには内緒にしてるが、彼女の音は少しだけ柔らかくなった事を晴花は気づいているみたいだ。


真冬の音が、ひとつ溶け出す。





練習が終わる頃、瞑想室は“音の塊”になっていた。

みんなの温度が混ざり合った、不思議な共鳴の空気。


天音は深く息を吸い込みながら思う。

──響音部って、ただ音を出すだけの場所じゃないんだ。





帰りのミーティング。

霧島先生がホワイトボードに予定を書きつつ、ぽつりと言った。


「夏休み明けの学園祭、文系の部活発表があるの。演劇部と映像研が出る予定なんだけど……」


ピアスが顔を上げる。瞳に火が灯った。



「それ響音部も、出れませんか?

演奏を……“届ける”形で」



部屋の空気が一拍止まる。沈黙は重くはない。むしろ、考えるための間だ。


「ステージで、実際に誰かに聴かせるってこと?」

天音の声は手探りな確認のようだった。


ピアスはまっすぐに頷く。


「うん。音って、誰かに聴いてもらう事で……どこかに届くことで完成する。僕はそう思ってるんだ」


その真剣さが、部屋の空気を締める。伊武は目を輝かせるけれど、八雲はすぐには笑わない。鍵盤の前で指を止め、少しだけ考え込むように目を閉じた。


「……人前でやるの、怖い」

八雲の声は小さくて、いつもの皮肉も薄い。でもその一言は、逆に真剣さを伝えた。


「俺も、正直どうなるか分かんねえ」

伊武が顔を曇らせる瞬間があった。ふざけてはいるが、胸の奥では緊張がうごめいている。晴花はほそぼそと表情を曇らせ、真冬の顔をちらりと見る。


真冬は一拍、戸惑ったように息を吸ってから、ゆっくりと口を開く。


「……怖い。私、ちゃんと音を出せるかもわからない。だけど──届くかどうかを確かめてみたい」


その言葉に、誰かが小さく息を漏らす。ためらいと決意が混じった声音だ。


霧島先生が黒板に《響音部・学園祭演奏申請》と書き込み、にっこりと笑う。


「じゃあ、私が相談してみるわ。プログラム担当に掛け合ってみましょう。条件は整えます。リハも時間をとりましょうね」


ピアスが拳を軽く握って言う。


「じゃあ、明日から“届ける練習”を始めよう。曲の構成、立ち位置、照明のタイミング──全部詰めるよ」


伊武がわっと声を上げ、八雲は鍵盤の縁を指でなぞる。真冬は増幅器に手を置き、肩を少しだけ上げる。天音と晴花はみんなの姿を見渡し、お互いに見つめてうなずく。


瞑想室の扉を閉めるとき、天音は自分の手のひらを見た。震えてはいない。胸の内側に、小さな確信が生まれていた。



──音は外へ向かう。

その必然だけが、今日の響音部を変えた。


扉を閉めた瞬間、音の余韻がまだ背中を押してくる気がした。


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