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第10節~始動!! その①

1/2

 月曜日の放課後。


「――というわけで、部室、確保できました!」


 その一言が屋上に弾けた瞬間、風が止まった気がした。


 雲間から差す光が、霧島先生の笑顔をきらりと照らす。


「え、もう!?」「仕事早すぎない!?」


 軽いざわめきの中、彼女は得意げに言った。


「場所は旧校舎の奥。ちょっと雰囲気があるけど……まあ、慣れれば平気!」


 “雰囲気がある”――その言葉だけが、妙に引っかかった。


 誰もが笑うふりをしながら、どこかで息を潜めた。


「善は急ぎましょう!」


 霧島先生はそう言って、先頭に立って歩き出した。


 旧校舎は、現在は使用されていない棟で、廊下の照明もところどころ落ちている。


 床板は軋み、壁には古い掲示物がそのまま残っていた。


 晴花は歩くたびに、心の奥で自分の“音”がずれるのを感じた。


 いつもなら、どんな場所でも一定のリズムで歩けるのに、ここでは、足音が自分のテンポを裏切る。


「……ホントに、こっちなの?」


 彼女の声は、思ったより小さく響いた。


 霧島先生は足取り軽く進み、突き当たりの扉の前で振り返った。


 金属プレートには《瞑想室》の文字。


 ……の下に、かすれた文字がうっすら残っている。


 《懲罰室》。


 静寂。


 真冬が一歩退く。晴花は「えっ」と喉を詰まらせ、天音と八雲は目を合わせず、ピアスはギターを抱え直した。


 伊武だけが、不敵に笑った。


 霧島先生は、気づいていないのか、気づかないふりをしているのか、にこにこと言った。


「すごいでしょ? 完全防音。それに、スイッチ入れると——部屋全体が"増幅器"になるの」


 霧島先生は、得意げな顔でスイッチを押した。


 ――ゴゥン、と低い音が鳴り、振動が床の下から湧き上がり、空気が、まるで一枚の膜のように肌に張りつく。


 ピアスが一歩踏み出すと、ギターの弦が触れていないのに、かすかに“音の残響”が返ってきた。




「……テーマを、閉じ込めて、浴びせる構造」


 真冬が低く呟いた。


 霧島先生は、少し首を傾げた。


「え? そうなの? でも、ほら、集中にはいいって聞いたし……。ね?」


 彼女の天然な笑顔に、誰もすぐには言葉を返せなかった。


 晴花は顔をしかめて、思わず一歩引いた。


「やっぱり無理。こんな空気、落ち着かないよ……。


 ここ、音が“響く”っていうより、“逃げ場がない”って感じ……」


 普段は明るい晴花だが、昔から自身のテーマが乱れることを人一倍、怖がる節がある。




 霧島先生は慌てて手を振った。


「えっとえっと、もし嫌なら別の場所も――」


「音に逃げ場なんていらねぇだろ」


 伊武の声が鋭く響く。


「閉じ込められるくらいの方がいい。


 “響き”を逃さない場所でなきゃ、本気は生まれない」


「そんな理屈、知らない!」


 晴花の声が反響する。


 その反響が、まるで彼女自身を追いかけてくる。


 言葉が、逃げ場を失って戻ってくる。


 部屋全体が、彼女の不安を“共鳴”させていた。


 


 真冬が、静かに目を閉じた。


「……嫌だけど、使える。


 ここは、“響き”を扱う場所としては……理にかなってる」


 晴花が振り返る。


「真冬まで!?」


 真冬は小さく息をつく。


「怖い。でも、“怖い”ってことは、それだけ強い反応をする場所ってこと」


 伊武が団旗を立てかけ、八雲は部屋の反響を確認する。


 


「……本当に、大丈夫?」


 霧島先生は、まだ少し心配そうに辺りを見回していた。




「……音が跳ね返る感覚は、正直悪くない」


 ピアスは低く呟いた。


 天音が壁に手を添える。


 「……私も、少し怖い。でも、昨日の演奏で感じた。音が、空気を震わせる瞬間。あれが、ここでも起きるなら……試してみたい」




 晴花は天音の言葉を聞きながら、胸の奥で何かがゆっくりと緩むのを感じた。


 恐怖は消えない。けれど、


 “響き”が自分の中にまだあると気づいた。


 壊れそうな旋律でも自分を支えてくれている。


 天音が微笑む。


「大丈夫。ここが怖くなくなるまで、“音”で満たせばいい」


 その声が、静寂の膜を震わせた。


 天音が晴花の手を包み込むように握り、晴花はそれに応えるようにそっと握り返す。




 《瞑想室》――かつて《懲罰室》と呼ばれたこの場所が、彼らの“響き”を慈しむように抱えながら、ゆっくりと目を覚ました。


続きは後日

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