第五十九話:石塔のもぐもぐタイム
祝宴の華やかな喧騒を背後に聞きながら、フローラは厨房から手際よくせしめた「戦利品」を抱え、夜の静寂に沈む石塔へと足を向けた。重い扉の軋む音。最上階の部屋に辿り着き、扉を開ければ、そこには密やかな時間が流れていた。
「ほら、約束通り持ってきたぞ。今日は祝宴だからな、特別に豪華だ!」
フローラが差し出した包みを解くと、中から芳醇な脂の乗った焼き肉の香りと、色鮮やかな野菜の煮込みが湯気を上げた。ここ最近、給仕の腕を上げた気がすると、フローラは密かに自分を褒める。
少女は一瞬で瞳を輝かせ、弾むような声を上げた。
「わあ……! メイのこと、お嬢さんが褒めてあげなくもないよ!」
「……そこは普通に『ありがとう』って言えねえのかよ」
思わず漏れたフローラの毒づきを、少女は楽しげな笑い声で受け流す。皿の上に並んだ御馳走を指差し、「これは何?」「あれは何?」と無邪気に問いかけてくる少女に、フローラは呆れながらも、一つ一つ丁寧に料理の名を教えてやった。
さっそく少女は夢中で料理に食らいついた。
「むふふ、美味しい! こっちも美味しい!お嬢さん、こっちも食べる!」
その姿は、小動物のように愛らしい。ここ数日、一癖も二癖もある男たちばかりを相手にしてきたフローラにとって、この無邪気さは毒気の抜けるような癒やしだった。
だが、ここで一つ問題が発生する。
これまでは手も汚れないような乾いた固形食ばかりを運んでいたせいか、少女の食べ方が予想以上に奔放だったのだ。
「……おい」
「なあに?メイも食べたいの?しょうがないなぁ」
「違う。口の周りがソースだらけだぞ」
フローラは布を取り出して少女の口元を乱暴に拭うと、低い声で釘を刺した。
「いいか、食事の仕方を今から叩き込んでやる。それが嫌だってんなら、私が直接口に放り込んでやるが……どうする?」
「やだ! お嬢さん、できる子だから自分で食べる! …でも、今はお勉強したらご飯が逃げちゃう。今学ぶのもやだ!」
「ご飯は逃げねえよ。それに忘れてねえと思うが、床にこぼしたらもう食えねえからな。……あと、汚した場所を掃除するのは、今はお嬢さんの役目だったよな?」
「掃除」という単語に、少女は「うっ」と言葉を詰まらせた。少女は露骨に肩を震わせ、汚れた床を一瞥してから、観念したように殊勝な顔を作った。
「……お嬢さん、今、学ぶ。……仕方がなく、だよ?」
そう言って不自然なほど背筋を伸ばした少女に、フローラは給仕の基本を叩き込んでいく。意外にも少女は素直だった。教えられた通り、慣れない手つきで必死にマナーを守り、慎重に肉を運んでいた。フローラはふとメイド長の言葉を思い出していた。
――「この子は外に出れば、化け物や吸血鬼に変貌する」
日中に起き、夜に眠るこの少女が?
フローラも確かに最初は少しだけ警戒していたが、今では何かの比喩なのか、勘違いだと思っていた。なぜならば吸血鬼が朝起きなんて生活をしているはずがない。しかし、先生の話によれば、日光が問題ない吸血鬼の存在もあり得るという。目の前で一生懸命にスプーンを握る姿からは、そんな禍々しさは微塵も感じられない。そもそも、ここから出られない不自由な身で、化け物じみた食事ができるはずもなかった。
確かめるように少女の頬を指先でつつくと、少女は不思議そうにしながらも、くすぐったそうにそれを避けようとした。その健気な姿を眺めていたフローラは、ふと独り言のように漏らした。
「……お嬢さん、こういう時は意外と可愛いよな。勿論、泥を落として、きちんと身体を洗えばもっとマシになると思うんだが」
フローラの言葉に少女はフローラを憐れむような目で見る。
「お嬢さんは、いついかなる時も可愛いよ? メイ、お目めが、きっと半分くらい腐ってるね! メイ、お目めがつらくてかわいそう!」
「なんでだよ。お嬢さん妙に自己肯定感高いよな……」
――置かれてる現状は、それなりに酷えはずなんだが
フローラが呆れると、少女は誇らしげに胸を張った。
「お母さんが可愛いから、お嬢さんも可愛いに決まってるの!」
「……それもお母さんが言ってたのか?お母さんが自分は可愛いって?」
問いかけると、少女は首を傾げて沈黙した。どうやら確かな記憶ではないらしい。フローラはそれ以上追及せず、少し意地悪な笑みを浮かべて話題を変えた。
「ま、せいぜい身長も伸びて威圧感でも出るといいな。そうしないと、その可愛さに釣られて、変な化け物が寄ってきて食べられちまうかもしれねえし、私にも勝てねえからな」
「食べられる? ええっ!? メイ、お嬢さんのこと食べるの!? お嬢さん、そう、一口目しか美味しくないよ!」
「……私が食べるんじゃねぇ。そしてなんで一口目は美味しい予定なんだよ。てか、二口目から不味いって、体の中で何を起こす気なんだ、お嬢さん」
フローラが堪らず噴き出すと、少女は真剣な顔で言い返した。
「だって、全く美味しくないって思われるのは……なんか、負けたみたいで嫌なんだもん! それに、最初の一口くらいだったら、お嬢さん、なんとかやり返せると思う!」
「……競うなよ。そもそも一口目が美味かったら、二口目もいかれるだろうが」
「そっ、そっか……じゃあ、お嬢さん、最後の一口だけ美味しいことにする!」
「いや、大前提として、食べられる状態をやめろよ」
呆れ果てたフローラの溜め息が、部屋の隅で小さく揺れた。




