第五十七話:事件の真実と祝宴の狂乱
地下の騒乱から明けた翌日。フローラには、セリーヌの温情によって「特別休暇」が与えられた。もちろん、あの塔の少女に食事を届けるという密かな仕事に始め休みはないが、少なくとも屋敷の雑務からは解放された。
「……休みなんて、落ち着かねえな」
身体の節々に残る鈍い痛みを感じながら、フローラは執事長室でハンスから共有された「事の顛末」を反芻していた。
あの白い法衣の男――聖職者の供述は、呆れるほどに独りよがりな保身に満ちていた。彼は騎士団の帰還を心待ちにする一方で、自分の「浄化」の力が衰えている事実に怯えていた。もし、自分が仕事を仕損じて吸血鬼を街へ招き入れてしまったら――。その時の言い訳として、「自分の力が足りないのではなく、浄化の効かない特別な個体が存在するのだ」という偽りの情報を、過去の事例を歪めてまで民草に静かに刷り込みをしていたのだ。民の不安を煽ったのは気の迷いであり、熱心なものに不安を呟きはしたが、暴徒化まで招いたのは計算外だった。そしてエヴァンズとフローラを見て早く吸血鬼達を消さなければならないと焦ったのだと主張したそうだ。
だが、それだけではない。特に問題なのはここからである。フローラが最も背筋を凍らせたのは、その「キメラ」の出所だった。
「数年前、王都への道中で出会った旅の聖職者……ね」
男の話によれば、数年前、男が王都へ向かう道中で出会った「旅の聖職者」が発端だという。意気投合したその旅人は、男が浄化を道中に行った際に「浄化が弱まっているのではないか」と指摘し、修行の助けにと、あの吸血鬼のキメラの幼体を特別に譲り渡したのだという。
最初は小さく大人しかった怪物は、男が「練習」と称して浄化を繰り返すたびに、呪いを吸い込むように巨大化し、いつの間にか不気味な増殖を始めていた。地下の隠し通路は、幼少期に偶然見つけた遊び場を「都合の良い隠れ家」として利用したに過ぎず、その先がどこへ繋がっているかさえ、男は深く考えていなかった。
「……偶然、ね」
窓の外、どこまでも続く青い空を見上げ、フローラは独りごちた。
ハンスは、その「旅の聖職者」の正体について、領主様らに相談の上、王都を含めた広範囲の調査を継続する事になるだろうとと言っていた。神殿でも、他の聖職者たちの適正を再確認する異例の事態となっている。
疑念の種は消えない。だが、日常という濁流は無情にも彼女を押し流していく。
数日の静養を経て、フローラは現場へと復帰した。領主の帰還を目前に控え、一介のメイドが立ち止まってはいられない。
―――
数日後。
フローラが復帰してすぐの頃、グレンデル領の屋敷の重厚な門が開け放たれた。
ついに待ちわびた蹄の音が石畳を叩く。
凱旋する騎士団の先頭を行くのは、この領地の主、ヴィクトール・グレンデル。
風に流れる銀色の髪、峻厳ながらも慈愛を湛えたその面差しは、若きアルバ様が誰の血を引いているかを如実に物語っていた。
「旦那様がお戻りだ!」
その一言を合図に、屋敷は戦場のような騒ぎとなった。
ユスティナの花は綺麗に咲き誇り、連日のように祝宴の準備が進められ、フローラもまた、息をつく暇もなく廊下を駆け回る。
調理場からは脂の乗った肉が焼ける芳醇な匂いが漂い、廊下では使用人たちの怒号のような指示が飛び交う。
そして、迎えた夜。
ヴォルフラム家の広間は、煌びやかなシャンデリアの光と、死線を越えて戻った者たちの歓喜の声で満たされた。
「勝利に、そして我らが領主に――乾杯!」
高く掲げられた杯が、カツンと小気味よい音を立てる。
騎士たちの豪快な笑い声。楽団が奏でる勇壮な旋律。
祝宴の喧騒は、夜が深まるまで途切れることなく続いていく。




