第五十六話:賑やかな救世主
「事情は後で詳しく話します。それより……先生をお願いします!」
フローラの切迫した声に、ハンスは即座に表情を引き締めた。その怪我の深刻さを瞬時に悟ったハンスは、背後に控えていた従者たちに手早く指示を飛ばす。
「エヴァンズ殿を神殿へ。最優先で治療を受けさせるのです。……ああ、そちらの聖職者も逃さぬよう、厳重に確保を」
担架に乗せられ、意識の混濁したエヴァンズが運ばれていく。その後を、縄を打たれた聖職者が引きずられるようにして消えていった。
ハンスは改めて、煤と返り血にまみれたフローラに向き直った。
「メイさん、貴方もかなり酷い有り様ですが……。先ほど墓地付近で大きな崩落があり、不測の事態が起きたとは察しておりましたが、一体何があったのですか?」
「私は大丈夫です。ただの擦り傷と、少しの打撲だけ。それより…」
地下で見た光景、聖職者の狂気、そしてキメラとの死闘について、包み隠さず洗いざらい話した。
すべてを静かに聞き終えたハンスは、深く、重い溜め息を吐き出した。
「……にわかには信じがたい話ですが、あの腕の立つエヴァンズ殿がこれほどの深手を負ったとなれば、その信憑性は認めざるを得ませんな。崩落の規模からして一般の犠牲者は出ていないと推定されますが、現場に吸血鬼の生き残りがいないか、情報を共有し、徹底した再調査を行わせることになりましょう」
一通りの報告を終え、フローラはふと抱いていた疑問を口にした。
「……ところで、執事長。なぜ貴方が、こんな場所に? それに、あの……さっきの妙に陽気な音は一体……」
「ああ、これですな」
ハンスは少し困ったような、苦笑いを浮かべ、先ほど従者に預けていたラッパのような形の魔道具を手に取った。
「実は、貴方とアンナさんが以前捕らえた暴漢たちが、予想より早く目を覚ましまして。彼らから聞き取りを行ったところ、一人の聖職者の存在が浮上したのです。どうやら、彼らを煽り、不安を植え付けた張本人がいると。神殿に確認したところ、該当する男が現在は丁度、神殿の方を空けていると伺い、念の為、我々で後を追っていたのです」
そこまでは納得のいく話だった。だが、フローラが聞きたいのはその先だ。ハンスは少し困ったような、それでいて感心したような顔で魔道具を見つめた。
「道中、聞き込みをしておりましたら、魔導具の研究者らしきものに声をかけられましてな。『人探しならば、ぜひ自作の試作機を使ってほしい』と。……この道具、追跡対象との距離が縮まると、進行方向を音で知らせてくれるのです。直進なら『パンパカパーン』、左折は『タンタンタタタン』、右折は『タンタタタタ』。ちなみに後退は『タンタカターン』と鳴ります。昼頃にも何やら聞き回っている二人組がいたから、その者たちに貸そうと思って持ってきたが、すれ違ってしまったのだと、半ば押し付けられる形で……」
「…………」
フローラは遠い目をした。おそらく昼間に聞き回っていた二人組というのは、自分とエヴァンズのことだろう。それにしても隠密性ゼロ、というか、そもそも音の種類が紛らわしすぎて前進と後退を間違えそうな代物だ。有用なのは間違いないが、色々と使い勝手が悪すぎる。そもそも夜の街に意味不明なファンファーレが鳴り響くなんて迷惑この上ない代物だ。
フローラの脳裏に、トーマスの甥のロナルドの存在がよぎったが、今はあえて口をつぐむことにした。
「……まあ、その賑やかな音のおかげで、この小屋に辿り着けたわけですから、感謝せねばなりませんな」
ハンスは苦笑を収め、表情を再び執事のそれへと引き締めた。
「しかし、困ったものです。貴方の話と私の調べた情報と照らし合わせてみなくても、随分と厄介な事をしたものです。……まあ、どうしてこんな事をしたのか、詳しいことは、後でじっくりと吐かせるとしましょう」
ハンスの静かな声には、ヴォルフラム家を守る者としての冷徹な怒りが宿っていた。
「さあ、帰りましょう。貴女も。……セリーヌ様が、首を長くしてお待ちです。この時間なので馬車を待たせてありますから」
熱気が、夜風にさらわれて消えていく。フローラは重い足取りで、ハンスが差し出す馬車へと歩き出した。




