第五十二話:キメラの知性
天井からパラパラと土くれが降り注ぐ。羽ばたきが巻き起こす風圧が、地下の脆弱な支柱を悲鳴を上げさせていた。
「――っ、飛ばれると厄介すぎる……!」
フローラは頭上を仰ぎ、毒づいた。墓地での戦術をなぞろうにも、キメラは、エヴァンズが跳ねても届かない高さを旋回し、狡猾に壁の岩を剥がしては落としてくる。
「あいつ……! 自分が下敷きになる可能性とか考えてねえのかよ!? 壁から直接毟ってたら、崩れるだろ!」
「……いいえ、メイさん。私達は潰れますが、彼は死にません」
降り注ぐ礫を剣で弾きながら、エヴァンズが冷静に、しかし険しい顔で応じる。
「……多少のダメージは負うでしょうが、この巨体である事を考えると、再生能力もそれなりであるはずです。彼が焦らしているのは、我々を生き埋めにしたくないからです。瓦礫から掘り出す手間をかけず、新鮮な血を吸いたい……。効率を考えているのですよ」
「舐め腐りやがって……! 墓場の奴より頭を使ってきやがる、合わさっただけの出来損ないじゃなかったのかよ!」
「困りましたね。共食いによる強化だけでなく、吸血鬼としての知性が芽生え始めている。……メイさん、これは次の段階への移行が始まっていますよ」
「はあ!? それ、あんたが対処が厳しいって言ってたやつじゃねえか!」
フローラは舌打ちと共に、飛んできた岩塊を粉砕した。
キメラは、フローラが超近距離の打撃専門だと見抜いているようだった。決して間合いには入らせず、礫でなぶり殺そうという算段のようである。
一方、エヴァンズはあの墓場での戦闘と同じく流れるような身のこなしで捌き、好機を伺っていた。だが、戦況はさらに悪化した。
「ギ、ギギッ!!」
キメラが、獲物を定めたように急降下したのだ。巨獣の太い腕が、急にエヴァンズの左半身を狙って振り下ろされた。エヴァンズは右手の剣で受け流そうとするが、キメラの巨体から繰り出される重い爪を完全に逸らすには、どうしても左腕を添える事が必要になった。
「――っ、しまっ……!」
重圧を凌ごうと左腕を添えた瞬間、エヴァンズの表情が苦痛に歪んだ。彼の左腕が、不自然な痙攣と共にピクリと跳ね、力が抜ける。
――バランスが、崩れた。
キメラはその瞬間を見逃さなかった。キメラはその隙を見逃さず、もう片方の鉤爪を無慈悲に振り上げた。エヴァンズは辛うじて致命傷を避けたが、体勢を崩したまま背後の石壁まで大きく吹き飛ばされた。
「……ッ、ハァ、ハァ……」
壁に背を預けたエヴァンズが、苦々しく左腕を見下ろす。
「ギギッ、アアアァァ!!」
キメラは勝ち誇ったように喉を鳴らした。一番の脅威を排除すれば、あとは独壇場だ――化け物の眼光がそう語っていた。
恐れていた事態が起こった。フローラはエヴァンズの救援に入ろうと地を蹴る。だが、それを阻むように、キメラの複数の鴉の首が一斉に醜悪な口を開いた。今度は散弾のような礫を、フローラと、その後ろで蹲る聖職者へ向けて吐き出してきたのだ。
「ちっ、クソ……!」
逃げれば、背後の聖職者な男が肉塊に変わる。フローラは足を止めざるを得なかった。
ナックルで顔面を保護し、肉を削ぐような衝撃に耐える。その間も、キメラの鼠の肉体は、後退したエヴァンズを確実に仕留めるべく、腕を最大まで振りかぶっているようだった。




