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第五十一話:崩落寸前の決戦


「――なっ、どうして鎖が!? 聖なる鎖で繋がれていたはずだろう!?」


男の悲鳴が地下の広間に木霊した。

男の言った銀製の「聖なる鎖」は無残に引きちぎられ、床に転がっている。キメラの放つ殺意を前に、男の顔は血の気が引いたように白く染まった。


巨大なキメラが、低く唸り声を上げる。鴉の羽が逆立ち、鼠の牙が剥き出しになった。その濁った瞳が、自分を檻に閉じ込め、焼き、いたぶった餌――目の前の聖職者を捉える。


「ギ、ギギッ、アアアァァァ!!」


爆発的な跳躍。巨獣が鋭い爪を振り下ろそうとしたその瞬間、銀の閃光が間に割り込んだ。


「下がっていなさい!」


エヴァンズだ。彼はいつもの柔和な微笑みを完全に消し、剣の一撃でキメラの爪を弾き、火花を散らす。利き腕ではない右腕一本での防御に、彼の足元が僅かに沈み込む。


「っ……ひぃいッ!」


一方、男は腰を抜かし、頭を抱えてその場に蹲った。フローラは即座に駆け寄り、男の襟首を掴んで力任せに後方へと引きずる。


「ひっ、あああ……っ!」


「――っ、この状況で何ぼさっとしてやがんだ! 死にてえのか!」


「な、なんだ、お前は! 離せ、やめろ!」


混乱し、なりふり構わず暴れる男を、フローラは胸ぐらをつかみ、眼前の地獄絵図を指差し、怒りに声を震わせる。


「あんた……なんてものを作りやがったんだよ!」


「違う、私は……私はただ、浄化の練習をしていただけだ! 私は悪くない、何も悪くないんだ! 吸血鬼という邪な存在を祓う練習を重ねれば、主……神様が私に、再び強い浄化の力を与えてくれるはずで……!」


男は頭を抱え、ぶつぶつと壊れた玩具のように同じ言葉を繰り返した。フローラは「はぁ?」と素っ頓狂な声を上げた。


「練習……? これが練習だってのかよ!?」


「お前だって嫌だろう!? もうすぐ、騎士様たちが戦地から帰還されるんだぞ!」


男は泣きそうな顔で、しがみつくように叫び続けた。


「最近、私の浄化の能力が落ちていたんだ……祈っても力が湧いてこないんだ。このままでは、もし……もしも騎士たちの中に吸血鬼が紛れ込んでいても、気づかないまま街に招き入れてしまうことになる。そうなれば終わりだ! 浄化の審判はそれほどまでに重い行為なんだ、わかれ! 今回は少し行き過ぎたかもしれないが、それでも私はその責任を果たそうとしただけなんだ!」


――こいつ、本気で言ってんのか……?


フローラはあまりの支離滅裂さに目眩を覚えた。

街を守るための力を取り戻すために、街を滅ぼしかねない化け物を造り出す。本末転倒、狂気の沙汰だ。言い返そうと口を開いたフローラの言葉を、前方からの鋭い一喝が遮った。


「メイさん、話は後です!」


キメラの猛攻を捌き続けているエヴァンズが、鋭い視線を向けたまま叫ぶ。その表情からはいつもの軽妙さは消え失せていた。


「早く倒さねばなりません。ここは地下です! あの下等吸血鬼との戦闘ならまだしも、激しい戦闘に耐えられる構造ではない。……このままでは崩落の危険があります!そうなれば我々は生き埋めです!」


エヴァンズの視線の先で、キメラが鴉の翼を広げ、再び跳躍した。エヴァンズの視線の先で、キメラが鴉の翼を大きく広げた。墓地で対峙した個体よりも大きな身体をその翼は確かに宙へと浮上させていた。


フローラは奥歯を噛み締め、手元のナックルダスターを強く握りしめた。


「……チッ、後でたっぷりお灸を据えてやるからな、クソ聖職者!」


男を壁際へ乱暴に投げ飛ばし、フローラは銀の拳を構え、エヴァンズの隣へと駆け出した。


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