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第五十話:地下実験


二人は足音を響かせながら、進んでいく。

覚悟とは裏腹にそれから暫くはひっそりとしていて、それまで現れた異形は、あの半死半生の鼠一匹きりなのが続いた。しかしそんなはずはない。鼠が一匹いれば、そこには必ず群れがある。鼠そのものが家族単位で動く習性だからだ。そして予想は的中していた。の底から響いてくる、無数の爪が岩を掻く音、そして羽ばたきの音。それは次第に、押し殺したような騒がしさへと変わっていく。


やがて一枚の木扉が現れた。それはあまりに心もとなく、下部分は鋭い牙で幾重にもかじり取られ、明け放たれている。


「……このかじり跡、さっきの鼠の仕業でしょうね」


フローラが低く呟く。その先は、不意に視界が開け、騒がしく松明の明かりが灯る広々とした空間へと躍り出た。


「おや……」


エヴァンズがランプの光を絞る。

そこには、無数の鉄檻が並んでいた。中には、墓場で見たような鼠や鴉の吸血鬼たちが押し込められ、檻をガリガリと掻きむしるような不快な音を立てていた。


「これは…檻に入れて飼っていた……と考えていいんですかね」


「さあ、もし飼育ならばお粗末すぎますがね」


エヴァンズは溜め息混じりに格子を検分する。


「……この程度の檻では、吸血鬼化した鼠の顎ならすぐに噛みちぎられる。鴉だって、本気で頭を使えばこの隙間から抜け出せるでしょう。まだ血を啜る前の、能力が低い個体だからなんとかなっているだけで……それこそ空腹が故に、共食いでも始めれば一発でアウトですよ。管理している人間は、不安にならないのでしょうか」


「案外、本人はこれで万全だと思ってたんじゃないですか」


フローラが皮肉を込めて返すと、エヴァンズは心底呆れたように肩をすくめた。


「だとしたら、あまりに楽観的…というか無知の極みすぎますね」


フローラは檻に近づきぼやく。檻の中の異形たちは、その多くが黒く焼けたところがあった。あの鼠よりは軽度だかあの鼠と同様の「浄化」の痕跡があった。


「さっき一匹に逃げられたから、他が逃げないように仕置きでもしたんですかね?」


エヴァンズが目を細める。


「……いえ。火傷の多くは新しいものですが、中には古い傷跡の上に、さらに新しい火傷を重ねられている個体もいます。――しかしまあ、不測の事態の為に消しておきましょう」


エヴァンズが動いた。

彼は檻の中に短剣を突き立てていく。流れるような所作で異形を一匹ずつ殺していく。

その姿は死神のようでもあった。

そんな中身が空になり、内側から破壊された檻が転がっている。さっきの脱走者のものだろう。


鴉と鼠の汚らしい喘ぎ声が、エヴァンズの刃によって一つ、また一つと削り取られ、空間に奇妙な静寂が戻る。


「……静かになりすぎましたかね」


エヴァンズが短剣を収める。だが、その静寂の奥から、今度は「人間の声」が聞こえてきた。


二人は顔を見合わせ、気配を殺して声の主へ近づいた。横道の先――かつては扉があったのであろう、崩れた石壁の隙間から中を覗き込む。


「――っ、どうして、何故だ……! これでは足りないのか、我が主よ!」


あの白い法衣の男だ。

男は周囲の喧騒が消え、異様な静寂が訪れたことにも気づいていない。背中を丸め、必死に祈り、何か作業をしているようだった。


「……何を、やってるんだ?」


二人がその正体を探ろうと、一歩踏み出したその時だった。


「――――――――ッ!!」


空気を切り裂くような、悍ましい咆哮が地下を震わせた。

吊るされた松明の炎が激しく揺らぐ。


先程まで男の影で見えなかったが、それは今暗がりの底から、それは這い出してきた。

墓地で仕留めた、鴉の翼と鼠の肉体を持つキメラ。だが、目の前のそれはひと回り以上も巨大で、全身の毛並みはどす黒い輝きを放ち、明らかに強力である事を示していた。


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