第四十九話:地下での約束事
エヴァンズは迷いなく短剣を突き立て、痙攣する吸血鬼の鼠を絶命させた。銀の刃が吸血鬼の核を貫くと、半身の肉が動かなくなり、ようやく静寂が戻った。
「中途半端な殺され方をしたものの、吸血鬼としての再生能力が仇となり、死ぬことすら許されなかったのでしょうね」
エヴァンズは淡々と剣を拭い、ふと表情を消してフローラを振り返った。
「メイさん。……貴女は、ここで一度地上へ戻ってください」
「…………は?」
フローラは耳を疑った。ここまで来て、何を今更。
「この先は、私が一人で行きます。この鼠の惨状を見れば分かるでしょう。何か悪い予感がします。……この魔道具のランプは貴女に貸します。これがあれば、一人でも出口まで辿り着けるはずです」
「……お断りします。こんな不気味なものを見せられて、先生を暗闇の中に一人で行かせるわけにいかないでしょう。……それに」
フローラは足元に残った灰を見つめた。
「さっきの鼠……体の半分が灰になっていた。吸血鬼がこれになるのは日光か浄化の場合だけ……こんな所に日が差す理由はないから、浄化の跡でしょう。……となると、やったのはさっきの白い服の男でしょう?」
エヴァンズは否定しなかった。ただ、ランプの光に縁取られた輪郭を微かに揺らした。
「やっぱり。もしそうだと言うならば、なおさら放っておけません。もうすぐ旦那様が帰ってくるってのに、聖職者の中にこんな半端な仕事してる奴がいるとしたら大問題です。とっ捕まえて話を聞かないと……」
一歩も引かないフローラの瞳に、エヴァンズは困ったように眉を下げた。
「……ですが、私は全盛期の体ではありません。もしも私の手に負えない事態になったら貴方を護ってあげることはできません」
フローラはハッとして、彼を見つめた。
エヴァンズは、仲良くなりたいと嘯きながら、肝心な情報はいつも小出しにする。何を考え、何を隠しているのか、完全には見せてくれない。だが、それが彼なりの「信頼」の形なのかもしれない。情報は責任を伴う。吸血鬼になれば生前の記憶すら利用されるこの世界で、彼はフローラに過剰な荷を背負わせまいとしている。
弱点を晒したのは、「いざという時に」助けを求めているからではない。「いざという時」に自分を見限れるようにだったのだ。
よく考えれば当然だ。利き腕ではない右腕一本で異常な強さを誇るこの男が、私等に自分の命を助けてくれと乞うはずがない。
実に騎士らしく、そして傲慢だ。フローラは奥歯をぐっと噛み締め、言葉を叩きつけた。
「…だから言ってるんです。先生は今、全盛期じゃない。万が一、先生がここで吸血鬼になっちまったら、旦那様が戦地から帰ってくるまで、この領地に先生に対抗できる奴なんていねえんだ。たとえ役に立たなくても、私がここで見張ってなきゃいけない理由、分かるでしょう?」
そんなフローラの言葉に、エヴァンズは一瞬だけ呆気に取られた後、クスクスと喉を鳴らして笑った。
「くふふ……それは心外だ。私をそこらの中途半端な者と一緒にしないでください。私はこの領地の民と同じく、日々、浄化を日課にしていますからね。万が一の時は、さっき話した『間抜けな吸血鬼』と同じように、自分から綺麗に消滅してみせますよ」
「……っ、そんな縁起でもない冗談、笑えませんよ」
フローラは毒づきながら、鈍い光を放つ――銀製のナックルダスターをぐっと握りしめ前にだした。
「……私も大丈夫ですよ。なんせ、私の相棒はこいつですからね。もし私が吸血鬼になった瞬間、この銀に焼かれて、私の両手はボロボロに焦げ落ちる。この武器は私を傷つけても、私の主人を絶対に傷つけない素晴らしい代物なんで。……それに」
フローラは、エヴァンズを正面から見据えた。
「吸血鬼には人一倍厳しい元騎士様が隣にいるんです。私が化け物になりかけたら、あんたが迷わず仕留めてくれるでしょう?たとえ貴方も化け物になったとしても」
挑発的な笑みを浮かべるフローラに対し、エヴァンズはフローラを目を大きく見開いて見てから、しばし沈黙した。やがて、彼は降参したように肩をすくめ、再び歩き出した。
「……手厳しいですね。仕留めたくない相手に剣を向けるのは、あまり気乗りしませんが」
「なら、そうならないようにお互い気をつけることですね。…そうだ、終わったら私と握手でもしてみます?」
「…分かりました。…その時は私は右手でしてあげましょう」




