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第四十六話:密室での消失


市場の喧騒が遠く響く、薄暗い路地の突き当たり。

白い法衣の男は、怯えたように周囲を見回すと、吸い込まれるように一軒の古びた空き家へと姿を消した。


「……入りましたね」


エヴァンズの低い囁きに、フローラは無言で頷いた。


「……メイさん。私が合図したら続いてください」


フローラは頷く。エヴァンズは小屋に近づき、こっそりと窓から様子を伺うようにして中を見たあと驚いたように目を見開いた。そして急にエヴァンズは鍵のかかっていたはずの扉を、力技でこじ開けたのだ。


「――っ、先生、待ち……!」


――危ねえだろうが……!というか合図してくれるんじゃなかったのかよ…!


フローラは心の中で毒づきながら、半ば反射的に彼の後を追って部屋へと飛び込んだ。

何かが飛び出してくるか、あるいは奇襲を受けるか。ポケットに手をつっこみ、ナックルを通した拳に力を込め、視界を鋭く走らせる。


しかし。


「…………え?」


フローラの喉から、呆然とした声が漏れた。

四方を煤けた壁に囲まれた狭い一室。家具はあるが、使っている様子はない。しかし床は不自然に綺麗に磨かれている。

そして何より――そこには、先程入っていったはずの男の姿が、影も形もなかった。


「逃げられた……!? 嘘だろ、そうだ、裏口は?」


「窓は閉まっていましたし、唯一の出入り口である扉は私たちが今通ったばかり。裏口も……どうやらこの造りの小屋ではついて無いようです。窓から覗き込んだ時にはもう居らず…」


どうやら強引に扉を空けたのは、そこに既に男の姿が見えなかったからならしい。エヴァンズは部屋の中央に立ち、冷めた目で検分している。


フローラは激しく思考を回転させた。人間が物理的に消えるはずがない。


真っ先に脳裏をよぎったのは、あの塔に行く途中にある「魔法」による転移だ。


――いや、あり得ねえ。


フローラはすぐにその可能性を振り払った。あの塔を維持し、人を転送するような魔法は、王都の魔導師でも限られた者にしか扱えないであろう超高等な技術だ。そもそも魔法使いの才があるなら、王都で丁重に保護される為、庶民でもなれる聖職者の道を選ぶ理由がない。魔法使いも検査は身分関係なく民の義務である。


魔法は、選ばれた者にしか与えられない理不尽なまでの才能が重要だ。対して聖職者は、志さえあれば門戸は開かれている。


そして聖職者が使う「浄化」は、魔力による魔法とは根本的に原理が異なる。かつてフローラも、その利便性に目をつけ、「これ、日常的に使えれば最強じゃね?」と調べたことがあった。しかし、手に入った教本は「神への信仰心」だの「敬虔な精神の感応」だのといった、フローラには理解しがたい精神論ばかりが記述されてるだけだった。


――神への祈りを捧げ、魂を震わせよ、って教えられて誰が出来るってんだか…。


まあ、新米の聖職者を除き、実際に長年その職にある者は、不思議と「浄化」の力を使えるようになるらしいが。


とにかく、それならば答えは一つしかない。魔法でないのなら、もっと泥臭く確実な手段。


「……隠し通路、ですか」


「奇遇ですね、メイさん。私も同じことを考えていました」


エヴァンズは床を軽く足で叩きながら、淡々と言葉を継ぐ。


「私が窓から中を覗き込むまで、大きな物音はしませんでした。タンスや棚を動かす時間はなかったはず。……つまり」


「現時点で見えている場所の何処かに隠し通路があるという事ですね」


大きな棚も、ベットもない。となると、隠せる場所は限られている。


「わざわざ新しく隠し扉を作る時間も予算もないようなボロ家。なら、元からある建物の構造か、床下の収納を利用して……。とにかく、虱潰しに探しましょう。床が不自然に綺麗なので床を重点的に」


フローラが床に膝をつき、板の隙間を探り始める。エヴァンズもまた同じように探りはじめた。


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