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第四十四話:忠誠の天秤


墓地の湿った静寂の中、フローラは少し考えてからエヴァンズを射抜くような鋭い視線を向けた。


「……いいえ。先程は少し取り乱しましたが、やはり、私は奥様から『不穏な噂の出処を探れ』と命を受けてここに来ているのです」


――この人が何を考えているのかはわからねぇ。もしかしたらすげえ作戦を立ててるのかもしれねえが、それを信じて胡座をかくことは出来ねえ。私は私の出来る事をやらねえと…!


フローラはエヴァンズが提案した案を撥ね付けた。


「墓地の掃討に付き合ったのは、それが結果として街の不安を取り除くことに繋がるという先生の判断に、一理あると納得したからに過ぎません。……私用で時間を潰すほど、今の私は暇ではありませんし、奥様の信頼を裏切るつもりもありません」


セリーヌ・ヴォルフラムが与えてくれたメイドの職は、フローラにとって単なる糊口の手段ではない。それは自分を引き揚げてくれた主への忠誠の証であり、命を賭して守るべき誇りそのものだ。塔に囚われたあの少女への想いは確かに胸にある。自由行動が許されるなら、何か一つでも買い与えたいという願いもある。だが、それはこの不穏な状況を解消し、主への義務を果たした後の話だ。


「……この格好で酒場へ行けば門前払いを食らうでしょうが、広場ならば何とか。外である以上、服装は個人の自由で済ませられますし、多少奇異な目で見られようとも、情報の欠片を拾うことはできるはずです。…市場の方も、一度回りましょう」


主のために、一欠片でも多くの情報を持ち帰る。その決意を瞳に宿し、フローラは真っ直ぐにエヴァンズを見据えた。

すると、エヴァンズはふっと表情を和らげた。その顔には、どこか眩しそうな、それでいて深い敬意を含んだ溜め息が混じっている。


「……失礼しました。どうやらまた、間違ってしまったようで。どうにも私は、人の機微というものに疎くていけない。またメイさんの口調も戻ってしまったようですし…」


エヴァンズは少し残念そうに肩をすくめる。フローラはフンとそっぽを向いた。エヴァンズは、そして、墓地の出口から少し離れた、古いレンガ造りの建物が密集する一角を指差した。


「噂の出処を完全に特定するのは至難の業ですが、確かに広場や市場ならば声を拾えるかもしれません。では提案ですが、先にあちらの市場へ行ってみましょう。……あそこなら、今の我々の格好も好都合ですからね」


フローラが不審げに眉を寄せ、彼の指先を追う。


「好都合……? どういう意味ですか」


「あの通りの隣接する裏手は、魔導具師や金工師たちの工房が立ち並ぶ区域。この薄汚れた格好も、あそこなら作業帰りの職人に見えるかもしれません。あるいは、現場を見学中にうっかり汚れを被ってしまった、好奇心旺盛で不運なお客さん、ですね」


エヴァンズは自身の袖にもこびりついている、どす黒い返り血を一瞥し、不敵に微笑んだ。


「お忘れですか。吸血鬼の血など、一般の人間には見分けがつきません。この悍ましい染みも、無害な鉄錆や廃油の汚れと一見、大差ないのですよ」


「……なるほど。……ですが、上手く行きますかね。貴方はそれなりに上質な服を着ていますし、私も職人の装束ではありません。そもそも、女の職人など珍しいでしょうし…」


フローラが現実的な懸念を突きつけるとエヴァンズは教え子に諭すような、穏やかな声で返した。


「人間というものは、得体のしれないものを見ても、自分の知っている知識の中から無理やり近いものを探して答えを導き出そうとする生き物なのです。得体の知れない黒い染みに違和感を持ったとして、怪物の血だと疑うより、見慣れた泥汚れや廃油の汚れだと解釈する方が、彼らにとっては分かりやすく安心できる。そう思いませんか?」


「……たしかに」


「……それに我々はこの掃討した事実を隠す必要はありません。ただ、彼らが勝手に納得できる可能性を、提示できればそれでいいのですよ。そうすれば話は自ずと聞きやすくなります。私達の目的は、そこにあるのですから」


「…たしかに」


フローラは納得した。どうやら先程の墓場のこともあり、彼を警戒しすぎてしまったようだ。


「ふふ、それでは行きましょうか」


エヴァンズは茶目っ気たっぷりに微笑む。二人は市場へと踏み出していった。


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