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第四十二話:行き先


「……貴方…先生は、もしかしてまさか今回の騒動も、その『変異種』の仕業だと考えて?」


フローラは背筋に這い寄る悪寒を振り払うように問いかけた。エヴァンズは視線を落とし、穏やかなしかしどこか含みのある声で応じる。


「いいえ。流石に今回、いきなりそれが出てくるとは思いませんよ。ただ、これから向かう場所のことを考えて、少しだけ頭の片隅に留めておいていただければと思いまして」


「……これから向かう場所?」


フローラの不審げな呟きを、彼は「ところで」といい、遮った。


「メイさんの武具は、なんです?」


「……唐突だな」


フローラは内心で首を傾げつつも、ポケットから鈍い銀光を放つ鉄塊を取り出した。指を通す四つの穴、掌に馴染む厚み。


「…………」


エヴァンズは数秒、固まった。


「……それ、何です?」

「ナックルダスターだ」


フローラが淡々と答えると、エヴァンズは「ナックル……ダスター……」と、未知の呪文でも唱えるかのようにその名を繰り返した。


「失礼。そんなものを武器にしている人を初めて見ました。斬新ですね……。しかし、その武器、あまりにリーチが足りない気がするのですが」


エヴァンズの困惑したような、けれど否定しきれない複雑な表情を見て、フローラは確信する。


――この人、面と向かって野蛮だとは言えねえんだな……


「これが一番しっくりくるんだ」


フローラは拳を握り、金属の重みを確かめる。


「初心者でも誤って主人を傷つける心配がない。銃や剣は、一歩間違えれば仲間を背中から撃ち抜くこともあるだろ? それに私の懐事情に優しい。……そして、こう……殴って倒した時のしっくり感が良くって」


「なるほど、感触のしっくり感。それは大切ですね」


――わかるのかよ。


エヴァンズは妙に納得したように頷いた。どうやら、武門の出身として「手応え」の重要性は理解できるようだ。


「しかし、それでは噛まれやすいきがしますが、怖くはないのですか。騎士でも大抵は、敵と距離を取れるリーチの長いものを選びますよ。まあ、メイドが日常的に隠し持てるものとなれば、選択肢は限られるのでしょうが……」


言いにくそうに、けれど真剣に懸念を口にするエヴァンズに、フローラは鼻を鳴らした。


「それはそうだが、剣や銃は手から離れることがあります。でも、これは一度装着すれば、そう簡単に私の手から離れない。一番信頼できるだろ」


「…なるほど。それで今までやってこれたということは、相応の腕があると考えてよろしいのでしょうね。……ですが、特技は他にも伸ばしておくべきですよ。例えばナイフの投擲とか。不測の事態で敵に群がられた時、リーチの差は生死を分けますから」


フローラは少し考えた。確かに、人型の吸血鬼が相手となれば、リーチのなさはそのまま力の根負けに繋がりかねない。


「……検討は、する」


「ええ、ぜひ。……では、そろそろ行き先を決めてみましょうか」


「だから、どこ行くんだ?」


エヴァンズが軽やかに歩き出す。


「…奥様からの密命は『噂の出処を探ること』。だから、密命の調査なら、まずは酒場か人の集まりやすい噴水のある広場だろうが、そちらの方にはあまりないはず…」


フローラが首を傾げたのにたいして、エヴァンズはこともなげに、恐ろしい目的地を口にした。


「まずはお墓です。あの辺りは結界が弱まりやすい。定期的に墓場へ群がる下等な吸血鬼を、掃除しに行きましょう」


「はぁっ!?」


フローラは思わず大声を上げた。聞き間違いであってほしかった。


しかしフローラが問い返すと、彼は振り返り、聖職者のような慈悲深い笑みを浮かべてみせるだけだった。フローラは慌てる。


「いや、ちょっと待て! 密命! 調査はどうしたんだよ!」


「目に見える恐怖を減らすことも大切な仕事ですよ。それに、せっかくの自由です。普通と違うことをしないでどうするんですか」


エヴァンズは、まるでお散歩にでも誘うような軽やかさで、狂気じみた提案を口にした。


「……貴方、やっぱりなんだかんだ言っても頭のネジが数本飛んでるんじゃありませんか? 冗談でもお化け苦手と言ってたじゃないですか!?…というか、怪我して騎士を辞めたんじゃなかったんですか!?」


 フローラの抗議もどこ吹く風、エヴァンズは楽しげに墓場への道を突き進んでいくのだった。


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