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第四十話:苦手なもの


フローラは、胸の奥で小さなさざ波のようなものが立つのを感じていた。エヴァンズが口にしたのは、一人の男の人生を左右するほど重い「告白」だ。それをあまりに軽々しい口調で話されたことに、どう反応していいか分からない。


「……そのような重大な話を、私にされても困ります。私などは、ただのメイド。それを聞いてもどうすることもできませんよ」


「そうでもありませんよ」


エヴァンズは、軽く肩をすくめた。


「腕の怪我については、いずれバレるものです。重い物を持とうとすると、たまに指先が震えることがありますからね。それに……」


彼はふと足を止め、フローラの目を真っ直ぐに見つめた。


「弱点は共有しておいた方が合理的かと思いまして。そのほうが色々と心配事がなくなるでしょう?」


「……」


図星を突かれ、フローラはバツの悪さに視線を逸らした。自分は何も明かしていないのに、相手にばかり急所に近い情報を差し出させてしまった。


「……私は、何を話せばいいんですかね。以前お望みだった、地政学的な私が知りうる汚い話でも聞きたいのですか?」


――私の過去はしゃべれない。セリーヌ様の格を下げてしまうかもしれない。


「貴方、地味に失礼ですよね……。敬語で丁寧に取り繕ってはいますが、言葉の端々に私を突き放そうという意思が見えます。」


エヴァンズはくすりと笑い、悪戯っぽく肩をすくめた。


「先程も言いましたが、私は勘当された身ですし、そんなに気を遣わなくてもいいですよ?」


「……っ」


フローラは思わず顔を歪めた。


「何か言いたいことがあったら、ハッキリ言ってもらって構いません。今の私は奥様の温情で雇われているだけのしがない家庭教師で、大した地位にいるわけでもありませんから。軽く話してくださいませんか、メイさん。私、勘当と同時に殆どの友人を失いましてね…」


理由が重い。フローラは数秒、視線を彷徨わせて考え込んだ。ここまで言われて口を噤むのは、かえって無作法というものだ。彼女は一つ、長く息を吐き出すと、意を決して口を開いた。


「……分かりました。いや、分かった」


彼女は、メイドの「メイ」ではなく、フローラとしての声音を少しだけ混ぜた。


「では、……前みたいに、仕事の邪魔をするのはやめてくれ。貴方のような主人への客人から話しかけられれば、私たち使用人は手を止めて相手をしなければならない。だからといって、掃除も進まなければ、叱られるのは私だ。次はしないでほしい」


「……! それは、すみませんでした。次からは気をつけましょう。」


エヴァンズは少し慌てた様子で謝罪を口にした。その素直な反応に、今度はフローラの方が驚く番だった。名門出身の男が、メイドの不遜な物言いに即座に頭を下げるなど。食えない男だと思っていたが、どうやらそれだけではないらしい。フローラはさらにバツが悪くなる。


ふとまた沈黙が落ちる。


エヴァンズは手を一つ叩くと、これまでの空気を切り替えるように微笑んだ。


「さて、この話はこれくらいにしましょう。暗い話はどうも苦手です。あまり続けていると、その内悪霊でも寄ってきそうでしょう?私お化けはどうも苦手で」


「……はあ?」


悪霊? お化けが苦手?絶対嘘だ。フローラが呆れた視線を向けると、エヴァンズは楽しそうに笑った。


「冗談です。少しは仲良くなれましたかね。…では、調査を始める前に歩きながら吸血鬼という生き物について確認授業をしましょうか。基礎知識は大切ですから」


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