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第三十九話:名門クストス


「……それで。どうして貴方がここにいらっしゃるのかお聞きしてもよろしいですか、エヴァンズ先生」


フローラは再び屋敷の外へと駆り出されていた。セリーヌ夫人から直々に「不穏な噂の出処を探るべく、下町の様子を見てきてほしい」と密命を受けたからだ。


だが、問題はその隣を歩く連れだった。


「どうして、と言われましても。奥様から『メイ一人では危険かもしれないから、武芸の心得がある者として同行していただきたい』と直々にお願いされてしまいましてね」


エヴァンズは困ったような、それでいてどこか楽しんでいるような笑みを浮かべて肩をすくめた。


――よりにもよって、この男ですか。セリーヌ様……!


フローラは内心で深い溜め息をついた。アンナから「男のもとに通い詰めている」などという根も葉もない噂を聞かされたばかりだというのに。これでは火に油を注ぐようなものではないか。ちなみにアンナは夫人の身の回りの世話で多忙を極めており、今回は不参加だ。前回の買い出しが稀な機会だったのだと、フローラは今更ながらに思い知らされている。


会話が途切れ、二人の間に気まずい沈黙が落ちた。エヴァンズはしばらくフローラの横顔を眺めていたが、やがて何かを決心したように口を開いた。


「この前も自己紹介をしましたが……どうやら、メイさんにはまだ随分と警戒されているような気がします。……なので、改めて私の話をさせて頂いてもよろしいでしょうか」


「……はあ。お話したいのなら、お聞きいたします」


「実は、私の家はもともと騎士上がりの家系でしてね。今回はその縁もあって、奥様から頼られたという側面もあるのです。……昔の苗字は、クストスと言います」


フローラの歩みが、一瞬だけ止まった。


「――っ、ク、クストス……? あの、名門の中の名門の?」


驚きのあまり、声が上擦る。王国の中でも、戦功によって平民から取り立てられた騎士家として知らぬ者はいない。取り立てられてからは代々吸血鬼討伐の最前線に立ち続ける武門の鑑。王家からの信頼も厚い、誉れ高き家系だ。


「……そんな名門の方が、なぜ家庭教師を?」


フローラの思わず溢れた言葉に、エヴァンズは自らの左腕を軽く叩いて見せた。


「実は、私は元々左利きだったのですが、昔、怪我をしましてね。その際に剣を置き、学問の方へと転向したのです」


「……左腕に、怪我を?」


「ええ。もうほとんど治って生活には支障がありませんが、剣を扱うには不十分で。まあ、右でもある程度は使えたのですが……。利き腕が壊れた時、ふと思ったのです。ただ目の前の怪物を駆除することばかり考えていても、いつか限界が来る。力でねじ伏せるだけでは、この負の連鎖に終わりは来ないのではないか、と。実際に吸血鬼は多様化し始めていますしね」


エヴァンズの口調は穏やかだった。


「転向を決めたら父からはひどく失望されましてね。父は右腕であろうと騎士を続けるべきだと言いました。戦える者が戦うことこそが、人々を守るための騎士の責務だと。前に家督を放棄したと言いましたが、実のところは――少し重い話に受け取られがちですが――『勘当されてしまった』というのが正しいんですよ」


彼はそれを、自虐するでもなく、明るく笑って言ってのけた。


「……それで今は色々なお家で家庭教師をさせてもらっています。未だに戦力としての期待を含めて雇われている側面が多いのでしょうが……それでも有難い事です」


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