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第三十八話:不穏な予兆


屋敷に、重苦しい沈黙が流れていた。


主卓に座るセリーヌ夫人の前で、フローラとアンナは報告を終えた。セリーヌ様のその傍らには、メイド長マリアと、彼女と同じく長い歳月をこの屋敷に捧げてきた初老の執事長であるハンスが控えていた。


「……そう。市場で、領民たちが暴徒と化して襲いかかってきた、と」


セリーヌは物憂げに目を細めた。


「今までグレンデル領では、これほど露骨な排斥運動は起きていなかったはずだけど…。まさかおきるなんて…」


その言葉に、フローラは一歩前に出て、冷静に、かつ正直に言葉を添えた。


「恐れながら奥様、私の至らぬ点もございました。少々、市場で目立つような真似をしてしまい、それが彼らの苛立ちを煽った可能性も否定できません」


アンナとの騒ぎの遠因になったことは、認めざるを得ない。


「……申し訳ございません」


アンナもまた、珍しく殊勝に言葉を添える。


すると、横で控えていたマリアが、氷のように冷ややかな声で追撃した。


「それは、いけませんね。メイドの立場でありながら、騒ぎを起こすなど、言語道断です」


「左様。主家の名に泥を塗るような振る舞いは、慎まねばなりませぬな」


執事長もまた、厳格な面持ちでマリアに同意した。二人の重鎮からの圧に、アンナは悔しそうにし、フローラは表情を変えずにそれを受け止める。


しかし、セリーヌは小さく首を横に振った。


「いいえ。確かにその面はあるかもしれないけれど、二人の振る舞いだけが原因とは思えないわ。……ここ最近、吸血鬼の変異も多様化しているという報告があるわ。領民たちの間に広がる底知れぬ怯えが、彼らを攻撃的にさせているのでしょう」


「……奥様。失礼ながら申し上げます」


フローラが視線を上げ、真っ直ぐに主を見つめた。


「領民の不安をこのまま放置すれば、いずれ大きな反乱が起こる予感がいたします。ヴィクトール様が戻られたという噂は、隠し通せるものではありません。今は数人の暴徒でも、いずれは……」


「それは考えすぎよ、メイ」


アンナが、鼻で笑うように言葉を遮った。


「襲われるのは大抵、屋敷へ戻るまでの『道中』だけ。領地の中に騎士たちが完全に戻り、駐屯してしまえば、彼らはいつもくるりと掌を返すのよ。途端に『護られるべき善良な市民』に早変わりして不満など口にしなくなる。帰ってくる時は吸血鬼かもしれない化物扱いだけど、いざ居座れば『守ってくださる偉大な騎士様』って、擦り寄るんだから。他領の襲撃事件だって、どこもそうだったじゃない」


「……確かに、アンナさんの意見は一理ありますな。今までは、暴徒が領主に仇なして反乱を起こした記録はございません。……そうなると、無理に大事にすれば調査人員の為に、祝宴の準備の人員を欠くことになりますが…。我が領地のもそれ該当するとしてよろしいので?」


ハンスが皮肉な笑みを浮かべつつも肩をすくめる。セリーヌの表情は晴れなかった。


「……アンナの言う通りならそれで良いのだけれど。……二人が市場で目立ったとしても、すぐに暴徒が少数とはいえ組織されたというのは、少し気にかかるわ。ただ偶々聞きつけたにしては、初動が早すぎると思わない? 急ごしらえにしては、農具の持ち出しも不自然だわ」


その言葉に、部屋の空気が一段と冷え込んだ。


「マリア。もしかしたら、不安の原因……あるいは彼らを煽り立てている『何か』が、近くに潜んでいるかもしれないとは思わない?」


「……可能性としては、否定できません」


セリーヌは深く頷き、毅然とした声で命じた。その瞳は、当主の妻としての強い意志に満ちていた。


「何もないのであればそれに越したことはないわ。それに万が一なんてことは、許されない。我が領地が、王国で最初の反乱の地になるわけにはいかないわ。ハンス、マリア。徹底的に調べなさい。街に流れる噂の出処、そして不自然な動きを見せている者はいないか確認をお願いします」


「御意に」


「かしこまりました、奥様」


フローラとアンナは、マリアとハンスにならって深く頭を下げた。



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