第四話: フローラとシーナの謎
それからというもの、フローラはメイドとしての仕事はきちんとこなしつつも、その視線は常にシーナの動向を追うようになっていた。フローラは気づいていなかったが、どうやらシーナは相当長い間、この屋敷でいじめられ続けていたようだった。シーナはフローラほどではないが、仕事はそつなくこなす人物だ。そして、メイドたちが言っていた「男性に色目を使っている」という場面は、フローラが直接目撃することはなかった。その代わりに、嫌がらせを受けている場面には注意して見ていたせいか、遭遇するようになった。嫌がらせを見かけるたびに、フローラはシーナを助けてはいたが、同時に内心では疑問と、そして拭いきれない怒りが湧き上がっていた。
ーーよってたかって、なんであそこまで執拗に…。色目なんて使ってねえじゃねえか。何人か黙認してやがる奴もいるみたいだし…。ちっ、そもそもメイド長とか知らないのか、このこと。あの人なんでも知ってそうなのになあ?でも、それをあの人に直接聞くのはなあ…?
そんな風に悶々としていたある日のこと、フローラが廊下を歩いていると、窓の外からひそひそとした嫌がらせの声と、シーナのおどおどした声が聞こえてきた。
「だから、男をひっかけるのはやめなさいって何度も言ってるでしょ⁉本当にしつこい女ね!あと何回、言ったらわかるのよ!」
「……やめてください、私、何もしていません……」
「何もしてないなんて、よく言うわ。男をたぶらかすことしか考えてないくせに!あなた他にやることがあるでしょうが!」
ーーまたか。本当に多いな…。
ため息を吐きながらフローラが一歩踏み出した、その時だった。ちょうどよく、若い男の使用人が彼らに不思議そうに声をかけた。その使用人は、フローラよりも後にこの屋敷に仕えるようになった新人だ。
「皆さん、どうかしたんですか?何か揉め事でも?」
その瞬間、シーナは猫のようなつり目の瞳を潤ませ、白い頬を青ざめさせたまま、迷うことなくその若い使用人にすり寄り、甘えた声を出し始めた。
「わ、私……!私、何もしてないのに、みんなにひどいこと言われるんですぅ……!」
声はか細く震え、華奢な体つきが頼りなさげに男に寄り添う。新人の使用人は驚いたものの、シーナの妖艶な魅力に囚われたように、あっという間に頬を赤く染めた。そして、やっと事態に気づいたように、嫌がらせをしていたメイドたちを強い口調で非難する。
「なっ、何してるんですか、あんたたち!一人の女性を寄ってたかって責め立てるなんて、恥を知らないんですか!シーナさんが可哀想じゃないですか!」
フローラはそれを目の当たりにし、ようやく理解した。
――ああ、これがシーナが嫌われる理由か。手際いいなあ、おい。確かにこれは色目を使ってるに入るのか?私が声をかけたときは飛びついては来なかったしな。男だけか…なるほどなあ。
シーナは決して無力な被害者なのではなく、この手際の良さから、おそらく毎回男性がいる時はこうやって巧みに状況を転換させ、その場を強かに逃れていたのだろう。先日見た、一人でいる時の怯えた様子からは想像できない、もう一つの顔だった。
嫌がらせをしていたメイドの一人が、憤りを露わにする。
「なんでこっちが非難されないといけないのよ!?私はただ……!」
彼女はシーナに言いかけ、唇を噛むようにして言葉を紡ぐのをやめた。何かを言い淀み、怒りに震える体をひるがえして去っていく。他のメイドたちも、悔しそうに顔を歪ませながら散り散りになった。
「あ、ありがとうございます。助かりました。あの、お優しいんですね?すごく頼もしかったです。」
「あ、いえ、当然のことをしたまでで…。優しいなんて、そんなことは。でも、た、頼もしい…というのはうれしいです…。」
使用人はシーナの言葉に照れており、使用人とシーナの間には、どこか甘い空気が漂っている。フローラはそれを引いたような、あるいは呆れたような視線を向けながら、考えていた。去っていったメイドの言葉、そして表情が、ひどく気になったのだ。
ーー非難されてんのは、それだけじゃないのか……?他にやることがあるってなんだ…?仕事か…?そうだったら、ああやって仕事の時間に嫌がらせしている時点でブーメランだよな?