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第三十五話:防衛戦


人通りが途絶え、家路を急ぐ人々の足音が遠くで反響し始める頃だった。


石畳を鳴らす二人のメイドの靴音に、不規則な複数人の気配が混じり始める。


「……ねえ、メイ。気づいてるんでしょ」


アンナが声を低め、隣を歩くフローラに告げた。


「ええ。市場で少し、騒ぎすぎましたかね」



フローラは重い買い物籠を抱えたまま、目を細める。視線の先――大通りへ抜ける細い路地の出口に、立ちふさがる影があった。


一人、二人……六人。背後にも同様の気配が張り付いている。彼らの手に握られているのは、鋭利な農具や粗末な棍棒だ。


「おい、お前ら!」


先頭に立つ男が、震える声で叫んだ。恐怖を怒りで塗りつぶそうとする、暴徒特有の濁った瞳が二人を射抜く。


フローラは努めて穏やかな声を出し、一歩前へ出た。


「これはこれは、穏やかではありませんね。自領の領主のメイドに暴行のおつもりですか。賢明な判断とは思えませんが、やめておかれた方がよろしいのでは?」


男は一瞬、たじろいだ。だが、男は再び声を荒らげる。


「旦那様が帰ってくるんだろ! 治めてもらってるのは感謝してる。だがな、あの『怪物』どもをこの街に運び込む気か!」


「神殿での検査は厳格に行われます」


アンナが、毅然とした態度で言葉を被せる。


「それに、騎士たちにも久しぶりの帰宅を待つ家族もいるのよ。命をかけて故郷を守るために戦ってきた彼らを、ひとくくりに怪物呼ばわりするのは許されないわ」


「検査だの神殿だの信じられるか! 他領では検査を抜けた吸血鬼が出たと聞いたぞ! 一人でも紛れ込めば、この街は全滅なんだ!」



「それは他領が管理を怠った結果です。こちらとは体制が違います」


フローラが淡々と反論するが、男たちの耳に理屈は届かなかった。


彼らの主張は、この情勢下では理解できなくもないものだった。隣人が怪物に汚染されているかもしれないという恐怖。愛する者を守りたいという防衛本能。それが歪な形で爆発したのが、目の前の暴徒たちだ。確かに神殿を動かすのも所詮は人間だ。ミスがないとは言い切れない。誰かが討伐に行かなければ平和は守れないが、その討伐に行ってくれた「誰か」がいつか牙を剥き、襲ってくるかもしれない事が彼らは耐えられないのだ。


男の一人が、絞り出すように言った。


「お前たちに恨みはない。だが、お前たちが怪我をしたと知れば、少しは帰還が遅れるかもしれない。だから……!」


男が近くにいたアンナに飛びかかる。


しかし、アンナは軽やかな身のこなしで攻撃を避け、男の足を払ってよろめかせると、容赦なく股間を蹴り飛ばした。


「な……!?」


暴徒たちに動揺が走る。そんな中、アンナ平然と言い放った。


「何その反応?今どきどこの屋敷のメイドでも、ある程度の護身術ができることは必須事項よ。最初からできないやつは、入ってから徹底的に叩き込まれるの。襲われたんだから急所を狙うのは当然でしょ。…………甘く見ないでよね」


これで逃げてくれればとフローラは願った。しかし、男たちは恐怖に圧されるどころか、決心がついたように凶器を握り直した。


交渉は決裂だ。メイドを傷つけることで当主の帰還を躊躇させようという魂胆がある以上、無理に押し通る他に道はない。


「……アンナさん」


「ええ、分かっているわ」


二人の視線が、同時に自分たちの抱える荷物へ向けられた。


フローラとアンナの籠には厳選食材と繊細な最高級の織物等の数々。


この品々を揃えるために、どれだけの労力と精神力、そして店主との舌戦を費やしたと思っているのか。


武器を持つ複数人を相手にするには、素手では分が悪い。それに何より、乱戦の中で品物に傷がつけば、どちらにせよ彼女たちの首が飛びかねないのだ。


「……せめて、荷物をあんまり持っていない時に来てほしかったものです」


フローラが吐き捨てるように呟く。


「同意するわ。せっかく選んだ最高級品に傷でもついたら、それこそ死活問題よ」


アンナもまた苛立ったように凍てつくような笑みを浮かべる。そしてスカートの隠しポケットから魔石が組み込まれた細身の短剣を引き抜いた。


「あんた、そっちの三人をやりなさい。荷物、私より少ないんだからできるでしょ?私一人既にやってるし、あとはこっちの二人を片付けるわ。いい? 足を引っ張らないでよね。まあ、守られたことしかない元平民には厳しいかもしれないけど」


「……品物の重さで言えば私の方が上です。まあ、細腕の元お嬢様こそ、無理をして腰を痛めないようお気をつけください。……さて、早めに終わらせましょうか」


フローラは、籠を壁際によってから、そっと置くと、ポケットから鈍色のナックルダスターを取り出し、指に装着した。拳を軽く合わせ、金属の感触を確かめる。


「すみません。――あまり貴方方を傷つけたくはありませんが、邪魔立てするならば、メイドとして容赦するわけにはいきません」


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